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片岡義男.com 全著作電子化計画

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評論・エッセイ

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作品一覧

公開作品 1526

五歳の僕がここにいる

五歳の僕がここにいる

五歳の僕といまの僕とが、どのようにへだたっているのかとなると、僕自身にもよくはわからない。が、つなが…

もの作りの原点がここに

もの作りの原点がここに

自分の仕事デスクを作家の製造現場だとしよう。そこへ注文が入る。内容と納期を聞きながら検討する。注文さ…

セメダインに出会った日

セメダインに出会った日

広く一般的に市販される小さな物品のなかで、セメダインを越える強さや大きさの感銘をうけたものは、ほぼ同…

YESのひと言から始まる

YESのひと言から始まる

二〇〇三年十二月十二日(*日付については、「まえがき」参照)  日本の自衛隊がまだ戦場だと言ってい…

保守という自由主義者たち

保守という自由主義者たち

二〇〇四年二月十二日(*日付については、「まえがき」参照)  ドナルド・ラムズフェルド国防長官をT…

教養としての世界地図

教養としての世界地図

二〇〇四年二月八日(*日付については、「まえがき」参照)  冷戦はアメリカが長期公演した大芝居だっ…

一年間で百四十兆円分の病状

一年間で百四十兆円分の病状

二〇〇四年一月三十一日(*日付については、「まえがき」参照)  ドルがドル安を続けている。ドルは基…

貢献と支援と

貢献と支援と

二〇〇四年一月十五日(*日付については、「まえがき」参照) 「自衛隊に出来ることはある」と首相は言…

「国際社会への貢献」と言うけれど

「国際社会への貢献」と言うけれど

二〇〇四年一月三日(*日付については、「まえがき」参照)  バグダッドを陥落させるまでは簡単だった…

セントラル・コマンドとコアリション・フォーセズ

セントラル・コマンドとコアリション・フォーセズ

二〇〇三年十二月二十日(*日付については、「まえがき」参照)  街の中心にある唯一の大劇場では、『…

「状況」はかならず袋小路になる

「状況」はかならず袋小路になる

二〇〇三年十二月三日(*日付については、「まえがき」参照)  十一月二十六日に開催された、参議院予…

引き続き状況を見きわめる人

引き続き状況を見きわめる人

二〇〇三年十一月二十九日(*日付については、「まえがき」参照)  陸上自衛隊の派遣に先行して、航空…

政府が円を買うための巨額の円

政府が円を買うための巨額の円

二〇〇三年十一月二十四日(*日付については、「まえがき」参照)  為替相場を少しでも円安のほうにと…

慎重に見きわめる人の国

慎重に見きわめる人の国

二〇〇三年十一月二十二日(*日付については、「まえがき」参照)  日本がイラクに自衛隊を派遣するこ…

平和とはゆるやかなドル安と円高

平和とはゆるやかなドル安と円高

二〇〇三年十一月十五日(*日付については、「まえがき」参照)  経常収支が巨額の黒字だなんて結構な…

巨額の経常黒字というもの

巨額の経常黒字というもの

二〇〇三年十一月十三日(*日付については、「まえがき」参照)  GDPの十パーセントにあたる輸出産…

輸出関連大企業と日本

輸出関連大企業と日本

二〇〇三年十一月五日(*日付については、「まえがき」参照)  いまの日本にとって輸出は、景気回復の…

主体的な日本を求めて

主体的な日本を求めて

二〇〇三年十月二十五日(*日付については、「まえがき」参照)  イラクを復興させるために、これから…

日本の主体的判断と国益

日本の主体的判断と国益

二〇〇三年十月二十日(*日付については、「まえがき」参照)  フセイン政権を倒すためにアメリカがお…

片岡義男の私と小田急 駅名に思う幻の日本

片岡義男の私と小田急 駅名に思う幻の日本

 小田急線の駅名のなかに、「ヶ」という片仮名が六つある。そのうちの四つは花と関係している。その花とは…

片岡義男の私と小田急 見合い写真の季節

片岡義男の私と小田急 見合い写真の季節

 僕がまだ大学生だった頃、たしか1年生を終えて2年生になる直前、3月の初め、ある快晴の日の午後。その…

片岡義男の私と小田急 参宮橋のエルヴィス・プレスリー

片岡義男の私と小田急 参宮橋のエルヴィス・プレスリー

 テキサス州アマリロ出身の彼は、エルヴィス・プレスリーと生年そして生まれ月が同じだった。身長は同じで…

片岡義男の私と小田急 1月1日の大焚き火

片岡義男の私と小田急 1月1日の大焚き火

 15歳のときの元日から始まって25歳の元日までの10年間、1月1日の午後、僕は一度も欠かすことなく…

片岡義男の私と小田急 ロマンスカーが誘惑する

片岡義男の私と小田急 ロマンスカーが誘惑する

 ロマンスカーという電車が走り始めたのは、僕がまだ子供の頃のことだった。初めのうちはオルゴールを鳴ら…

片岡義男の私と小田急「シモキタ・マンボ」

片岡義男の私と小田急「シモキタ・マンボ」

 小田急線の電車で下北沢を通過するとき、あるいは下北沢で降りたとき、毎回ほぼかならず、シモキタ・マン…