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評論・エッセイ

先見日記 自分は傷ついてこそ自分である

 傷つく、という言いかたが、きわめて気楽に多用され始めたのは、いつ頃のことだったか。僕のおぼろげな記憶によるなら、それは1980年代の初めあたりだったようだ。ひと頃は盛んに用いられ、世のなかはなにかといえば傷つく人ばかりの観を呈したが、いまは多少おさまっているような印象もある。傷ついてばかりもいられない、という段階へ移ったからか。それとも、傷は傷のまま、それをいまはいかに癒すかに、傷つきやすい人たちの関心は向かっているのか。
 毎日をなんとか生きていれば、苦楽は常に半々である、というのが標準ではないか。傷つくことが苦のな…

『先見日記』二〇〇四年二月三日