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片岡義男.com 全著作電子化計画

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評論・エッセイ

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作品一覧

公開作品 2329

「の」の字のコレクション

「の」の字のコレクション

 五年ほど前、古書店のカタログを見ていて、思いついた。なんとかのかんとか、というふうに「の」の字ひと…

映画の中の昭和30年代 『山の音』

映画の中の昭和30年代 『山の音』

映画の中の昭和30年代 『山の音』 失われた日本、消えた昭和。半世紀以上も前の映画に触発されて蘇…

日本のMの字

日本のMの字

日本のMの字  この二点の、どちらの写真においても、撮っているときにはまったく意識しなかったの…

世界はすべて片仮名のなか

世界はすべて片仮名のなか

 日本語には片仮名という書きかたがある。どんな外国語であろうとも、おおよそのところでよければ、その音…

平成十一年の五つの安心

平成十一年の五つの安心

 平成十年に日本で首相を務めている人物が、自らを「ヴォキャ貧」であると評したことは、日本にとって記念…

主体的に判断しながら様子を見る日本

主体的に判断しながら様子を見る日本

主体的に判断しながら様子を見る日本 二〇〇三年十月二十九日(*日付については、「まえがき」参照)…

言葉はきわめて人工的に身につく

言葉はきわめて人工的に身につく

 言葉というものは誰もがいつのまにか自然に身につけていくもの、と信じて疑わないのが日本人だ。生まれて…

いつもの自分の、いつもの日本語

いつもの自分の、いつもの日本語

 かつて日本の首相がアメリカのTV局で時局討論番組に出演したとき、放映されたその番組を僕は見た。この…

ペラペラとはなにだったか

ペラペラとはなにだったか

 英語がペラペラ、という言いかたがある。なにを言っているのか自分にはわからないが、日本人が外国人と英…

作家とはなにか

作家とはなにか

 日本の書き手によって小説が書かれるとき、ごく一般的に言って、舞台は日本そして時はいまとなる。過去を…

『蛇の目でお迎え』はこう作られた

『蛇の目でお迎え』はこう作られた

「メイキングを書いてみようか」。作家・片岡義男のひと言からうまれた書き下ろし「『蛇の目でお迎え』はこ…

縦書きか横書きか

縦書きか横書きか

 メモや下書きを書くとき、僕は横書きしている。いつ頃からそうだったのか、もはや自分にもわからないほど…

主体でも客体でもなく

主体でも客体でもなく

 鎖国という制度を終わりにして開国したとき、日本は西欧から技術としての科学を受け入れ、科学の精神のほ…

東京で電車に乗ると、なにが見えますか

東京で電車に乗ると、なにが見えますか

 結婚式場の広告ポスターを、僕は以前から興味を持って観察している。東京だと、結婚式場の広告ポスターは…

ガールたちの戦後史

ガールたちの戦後史

 ガールという言葉は、それ単独では、日本語として定着していない。日本におけるガールの始まりはモダン・…

一九五七年の春をさまよう

一九五七年の春をさまよう

 知らない町を歩いていたら古書店があった。入ってみた。古書と呼び得る本と最近の本とが、半半にある店だ…

簾と提灯のグラフィックス

簾と提灯のグラフィックス

簾と提灯のグラフィックス  この写真にある光景は、僕にとってはグラフィックス以外のなにものでもない…

身のうえ話 その1

身のうえ話 その1

 小学校に入学する日、つまり入学式の日、ぼくは生まれてはじめて、学校の校舎というものを見た。  木…

書き順と習字

書き順と習字

 僕が小学校に入る日が近づいてきていた頃について、いまの僕は思い出そうとしている。かなり昔のことだ。…

東京の情緒

東京の情緒

東京の情緒  大卒で会社に入り、そのまま従来どおりの定年まで会社勤めをまっとうしたとして、人生…

察し合いはいかに変形したか

察し合いはいかに変形したか

 思いやり、という言葉が日本で死語になる日が来るだろうか、と僕は自問する。思いやりという言葉はとっく…

なにも言わない人

なにも言わない人

 戦後の日本人にとって、人生とは会社に勤めることだったようだ。なんらかの会社組織に雇用されてそこに所…

性悪説でいこうか

性悪説でいこうか

 監視カメラの設置される場所が急速に増えている。集合住宅のエレヴェーターとその周辺、商店街や歓楽街の…

四歳の子供がそれを見た

四歳の子供がそれを見た

四歳の子供がそれを見た  二〇〇二年のひときわ暑かった夏に、この光景を、僕は写真に撮った。さか…

なにもしなかった4年間

なにもしなかった4年間

 高等学校の三年生という状態が終わりに近づくにつれて、卒業出来るのかどうかの問題が、僕の前に立ちあら…