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エッセイ

散歩して鮫に会う

 空気の香りや感触が、ある日、冬を抜け出して春のものになっていることに、僕は気づいた。海を見たくなった。春になった日の海の匂いや音を、あるいは海の巨大さを、体の内部に受けとめたくなった。
 だから僕は海へでかけてみた。東京駅から特急電車に乗った。考えごとをしているようなしていないような、快適な状態でぼんやりしていたら、すぐに房総半島の外側へ出た。
 適当な駅で特急を降りた僕は、駅から海にむけて、ひとりで陽ざしのなかを歩いた。歩いている人は、僕のほかにはひとりもいなかった。そして海岸にも、人はいなかった。外房…

底本:『アール・グレイから始まる日』角川文庫 1991年

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