作品一覧 公開作品 2289 46 47 48 49 記憶を撮る 3 過去の記憶をいま作る 昭和30年代を僕は記憶していない。しかし、ごく小さなディテールなら、まめに歩いていればときたま出会う… 読 む 記憶を撮る 2 朝から聞こえる笛太鼓 これは写真に撮らなければいけない、と僕の神経は反射的に反応した。地元である下北沢一番街の飾り看板アー… 読 む 記憶を撮る 1 ペンタプリズム幼年期 一眼レフで写真を撮ろうとしてファインダー越しに対象をとらえ、それを35ミリ・フィルムのフレームでどの… 読 む 撮って、と被写体が囁く 1998年、ある文庫本がCD付きで出版された。ついこないだといっていい。どうしても本に他メディアを背… 読 む より良いことを選択しながら #6 日本の東京の電車内の広告では、いったいなにが広告されているのか。2018年の11月から12月の終わり… 読 む より良いことを選択しながら #5 歌謡曲の題名をならべてみた。僕は1960年代のだけでもいいから、シングル盤を聴きたい。聴くにあたって… 読 む より良いことを選択しながら #4 日本の歌謡曲のシングル盤が僕のところにかなりある。この歌謡曲の題名を列挙していくと、それは収集された… 読 む より良いことを選択しながら #3 食べるもの、あるいは、食べることをめぐる言葉を、街で採集してみた。食べるものはすべて店舗で市販されて… 読 む より良いことを選択しながら #2 どの言葉も街にあったものだ。僕自身の言葉はどこにもないのに、ページに美しくレイアウトされて並んでいる… 読 む より良いことを選択しながら #1 この詩のなかに、僕が作った言葉はひとつもない。すべて僕の外にあったものであり、僕はその言葉を採集し、… 読 む なにを食べれば自分なのか プリンと胡瓜にココナツ・オイル 手土産に百貨店の地下にある生菓子の店でプリンを買った。「また買って来て」。僕もプリンが食べたくなった… 読 む なにを食べれば自分なのか 小説のなかでも人はなにか食べる 小説を書いていくときには、現実の僕の他にもうひとり、僕がいることになる。書き手としての僕、あるいは、… 読 む なにを食べれば自分なのか 鰯の缶詰を両腕にかかえて じつは僕はかねてより鰯の缶詰を買っている。デザインされたパッケージ商品としての鰯の缶詰、という物体の… 読 む なにを食べれば自分なのか 食べるためにはかき混ぜる 僕はボウルのなかのものをかき混ぜるのが好きだ。かき混ぜるための道具はいろいろあるが、たとえば蟹脚肉を… 読 む 雷でまっぷたつになった赤いサーフボードの物語 恋人のジャックの友人、マイクから連絡を受け、初めてノース・ショアへやって来たジュディ。そこは、嵐の日… 読 む ひとりで撮るつもりのサーフィン映画 サーフィンの実体験を通して、サーフィン感覚の核心的な把握ができてさえいれば、相当な感銘を与えうる映画… 読 む 風と光と波のなかで、チューブ・ライダーが伝説をつくる 島に近づいてきた波は、浅瀬の珊瑚礁に乗りあげ行き場を失う。波は内部のエネルギーのありったけをひきつれ… 読 む まだ沖に出ている夕陽のサーファー 波をうまくつかまえたその瞬間、凄まじいエネルギーをサーフボードの下に感じる。と、同時にその瞬間には、… 読 む サーフボードのシェーピング 波乗りが高度に個人的な世界であるように、サーフボードも同じく個人的なものだ。ボードをつくるシェーパー… 読 む サーフ・スポットの海底がコンクリートだったらどんな気持ちか ハワイのカヘ・ポイント・ビーチ・パークの北側では、発電所の冷却用の熱水が海に捨てられている。さらに沖… 読 む サーフボードは自分自身だ 波乗りはとても個人的な世界だ。サーファーたちは、今自分がこなしている波乗りの領域の、さらにむこうにあ… 読 む サンシャイン・ミュージック 沖合ではサーファーがひとり、波に乗っていた。高く盛り上がった波の、濃いブルーの腹を赤いボードが切り裂… 読 む シティ・ボーイはみじめだからコンクリートと格闘する シティ・ボーイは何か一つのことに対し、徹底的にクレイジーにならないと救われない。クレージーになってい… 読 む スケートボード・メカニズム アメリカでスケートボードが急に流行しはじめたのは、ぼくの知るかぎりでは、一九六〇年代のはじめだった。… 読 む 波乗り映画館 サーフィン映画の出だしとしてこんなシーンを考えた。南海の小さな島の、夜中に月とは反対の方向に16ミリ… 読 む 46 47 48 49