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日常的な日本語の語句の、きわめて勇敢な英訳
 僕はうれしい。なぜかと言えば、じつに素晴らしいからだ。これを喜ばずにいることが出来るだろうか。慶事だと言ってもいい。それほどの出来ばえだ。五目炒飯という日本語を英語にする必要にかられた二十代の日本の女性が、ごく当然のこ…
[エッセイ]  2020年6月18日 07:00
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WINTER SPECIAL SALE MAX 50%OFF
 一九五六年の年末に近い時期に、板橋区にいまでもある大山銀座という商店街で撮影された一点の白黒の写真が、『東京人』という雑誌の二〇一八年四月号に掲載されている。いま僕はそれを見ている。いまから六十一年前の板橋区の商店街の…
[エッセイ]  2020年6月17日 07:00
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パーマの帝国
「パ」と「マ」のふたつの片仮名に、音引きの縦棒「ー」を一本加えて作る「パーマ」という言葉は、まだ充分に現役であるようだ。太平洋戦争が終わるのとほとんど同時に、この言葉が日本じゅうに広がった。戦後の日本でいっせいに始まった…
[エッセイ]  2020年6月16日 07:00
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読売新聞、金曜日夕刊
1  義  自分の名前にある義という字について。男のこが生まれたらヨシオにしよう、と父親は考えていたが、彼は漢字のまったく書けない日系二世で、音声としてのヨシオを好いていただけだ。漢字をみつくろったのは母親だ。ヨシオのヨ…
[エッセイ]  2020年6月12日 07:00
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珈琲に呼ばれた
1「旅と、音楽と、珈琲と」 『珈琲が呼ぶ』という本は二〇一八年の一月に発売された。編集を担当して一冊の本にまとめた篠しの原はら恒つね木きさんが、最初に僕に見せたエッセイは、鴻こうの巣す友ゆ季き子こさんによるものだった。題…
[エッセイ]  2020年6月11日 07:00
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残りご飯のバター炒めと海苔の佃煮
 一枚の写真が、なんらかのかたちあるいは意味で、物語のなかで重要な役を果たす短編小説をいくつか書き、一冊の本を作ってみたい、といま僕は考えている。物語はみな多様なものになるだろう。どのような物語をどんなふうに構成し、それ…
[エッセイ]  2020年6月5日 07:00
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焼き餃子とタンメンの発見
 焼き餃子とタンメンは、東京・大田区の町工場地帯が発祥の地だと、ごく最近、人から聞いた。その人は戦後の大田区に生まれ、そこで育った人だ。地元の戦後史はよく知っているし、趣味で研究もしている。彼がそう言うからには、彼なりの…
[エッセイ]  2020年5月26日 07:00
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まっ赤なトマトの陽焼けした肩
 トマトは何色ですか、といま人に訊けば、その色は赤です、という答えが返ってくるだろう。年齢が下がるほど、トマトの色はその赤い色を濃くするのではないか。子供たちに言わせれば、トマトの色はこれ以上ではあり得ないほどの、まっ赤…
[エッセイ]  2020年5月21日 07:00
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サンドイッチとアメリカの理念
『ディア・ハンター』というアメリカ映画のなかに、いまでも忘れていない、きわめて興味深い場面がひとつあった。鹿撃ちに出かけた男たちが昼食を食べる場面だ。持って来た食事の材料を、彼らは自動車のエンジン・フードの上に広げる。な…
[エッセイ]  2020年5月20日 07:00
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トンカツと生卵の小説
 一九七五年あるいは七六年。場所は銀座の文壇バーのひとつ。そのバーの名前も場所も、僕は記憶していない。そこへはそのとき一度いったきりだろう。しかも雑誌の担当編集者に誘われ、連れていかれた店だから、よけいになにも覚えていな…
[エッセイ]  2020年5月17日 07:00
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スープはどうなさいますか
 いまの日本のどこへいっても、そこにはスーパーがある。片仮名書きされたスーパーという言葉はもうとっくに日本語で、スーパーを意味する。スーパーとはなにですか、と尋ねられたなら、それはスーパーです、と答えるほかない。字面とそ…
[エッセイ]  2020年5月16日 07:00
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玩具として買うには面白い
 ハーシーの板チョコ、というものがいまでもある。あるどころではない、それこそ日本全国津々浦々のスーパーその他で、常に大量に販売されている。日本にすっかり根を下ろした習慣のようなものになった、と僕は感じる。戦後からの日本の…
[エッセイ]  2020年5月15日 07:00
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