アイキャッチ画像

制作舞台裏|エッセイ集『彼らを書く』――片岡義男と装丁デザインコンペ!?

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 2020年4月22日、光文社より『彼らを書く』が発売されます。彼らとはザ・ビートルズ、ボブ・ディラン、エルヴィス・プレスリー。映画・ドキュメンタリーなどの映像はDVD37枚分というボリュームです。その1枚1枚を採り上げながら、あの乾いた筆致で著者・片岡義男が「彼ら」への思いを綴った、必読の一冊となっています。
 制作の舞台裏をうかがう特集・第8弾では、本書の編集者・篠原恒木(しのはら・つねき)さんに企画のはじまりから校了までの出来事を綴っていただきました。

次は映画の本を書こうか

 片岡義男さんの本を担当させていただくのは、この『彼らを書く』で3冊めです。3冊ともすべて「書き下ろし」なのが、秘かな自慢です。この時代、書き下ろし本はとても貴重な存在だと思います。
 1冊めは『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』
 片岡さんが作家になる前の大学時代、そしてフリーランスのライターをしていた頃の「実話」をもとに、場面に流れる当時のドーナツ盤の「音楽」を絡ませながら、片岡さんにとって初めてと言ってもいい「私小説」集を書いていただきました。登場するドーナツ盤のレコード・ジャケットをすべてカラー写真で差し込んでいくという、贅沢なつくりでした。
 2冊目は『珈琲が呼ぶ』
 この本は、おかげさまでベストセラーになりました。片岡さんの小説にはコーヒーが頻繁に登場するのに、コーヒーそのものについて書かれたエッセイはほとんどないことにかねがね不満を持っていて、それを片岡さんにぶつけたところ、
「では書いてみましょうか」
 と、実現した一冊でした。この本にも、たくさん写真や図版を添えました。文芸の本では邪道なのでしょうが、どうしても写真を入れたくなるのが、雑誌を長いこと作ってきた人間の「業」なのかもしれません。

 さて、2冊作ったら「三部作」にしたいではありませんか。片岡さんも
「次は何を書こうか」
 というノリでした。その後のさまざまな雑談のなかで、
「映画について書こうか。僕の選んだ映画について書くというのはどう?」
 との提案があり、さっそくカタオカ・チョイスの映画リストをいただきました。
 そのリストを見て、びっくり。お世辞にもメジャーとはいえない映画ばかり。1955年のアメリカ映画『日本人の勲章』(原題:Bad Day at Black Rock)、1957年の『夜の豹』(原題:Pal Joey)はまだしも、ウディ・アレンが日本映画に適当な英語を吹き替えて公開した超問題作『What’s Up, Tiger Lily?』に、1949年の日本映画『透明人間現わる』まで出てくるとは……。

日本人の勲章夜の豹What’s Up, Tiger Lily?透明人間現わる

「これ、マジですか」
「マジだよ」
「これらの映画を全部観た人がどれだけいるでしょうか……」
「みんな面白いよ」
「観れば、ですよね。観ていないと思いますよ、この僕を筆頭に」
「そうかなぁ」
「これではあまりにもメタ・カルトですよ。再考しましょう」
 それからややあって、「音楽映画」に絞るというのはどうでしょうかと提案しました。
「うん、それはいいかもしれないね」
 と、再び片岡さんにリストを提出していただきました。
 ハンク・ウィリアムスの伝記映画『Your Cheatin’ Heart』、『I Saw The Light』から、『Coal Miner’s Daughter』(歌え! ロレッタ愛のために)、ブライアン・ウィルソンの半生を描いた『Love & Mercy』まで、選ばれた作品は、よく言えばヴァラエティに富んでいますが、まとまりがないと言えばまとまりがない。でも、このチョイスこそが片岡義男という人なのだ、という確信は持つことができましたが。

Your Cheatin’ HeartI Saw The LightLove & Mercy

「どうでしょう、ひとつ、ここは直球勝負でいきませんか?」
「どういうこと?」
「音楽映画をアーティストで絞るのです。それも思いっきりメジャーなアーティストで。ザ・ビートルズ、ボブ・ディラン、そしてエルヴィス・プレスリーの3人に限って書くのはいかがですか」
 片岡さんは黙って考えていました。
「片岡さんは『ザ・ビートルズ詩集』を訳していますし、ブライアン・エプスタインの自伝やジョン・レノンのインタビューも翻訳しています。ディランの『タランチュラ』も訳しているし、エルヴィスは言わずもがなでしょう。ゆかりの深い3人に絞りましょうよ」
 そう言うと、片岡さんはニッコリと笑って、
「考えよう」
 と言いました。
「それに、このBIG3なら僕も相当研究しています。少なくともハンク・ウィリアムスに比べれば」
 片岡さんはもう一回言いました。
「よし、考えよう。な?」
 これで決まりです。あとはビートルズ、ディラン、エルヴィスにまつわる映像作品から何を選ぶかです。

クセのある、そのセレクトぶりときたら

 さっそく「BIG3」から映像作品を選ぶ作業に入りました。楽しい仕事です。
 まずはザ・ビートルズ。僕は当然、『A Hard Day’s Night』や『HELP!』、『LET IT BE』は外せないだろうと勝手に思っていたのですが、これが甘かった。
「『BACKBEAT』は入れたいよな。『NOWHERE BOY』も書こう。絶対に外せないのが『That’ll Be The Day』だよ」

BACKBEATNOWHERE BOYThat’ll Be The Day

 ザ・ビートルズそのものは直球ですが、その映像作品選びはかなりの変化球。『BACKBEAT』はメジャー・デビュー前のハンブルク時代の彼らを描いた劇映画ですし、『NOWHERE BOY』は、文字通りBOYの頃のジョン・レノンにフォーカスを当てた、俳優がジョンを演じている映画です。『That’ll Be The Day』に至っては、ビートルズ解散後にリンゴ・スターが出演したB級映画ではありませんか。それにしても片岡さんの博覧強記ぶりたるや。こうなったら僕も負けてはいられません。
「ビートルズがアメリカ初上陸を果たしたときに、彼らを密着撮影したドキュメンタリー映画があります。エド・サリヴァン・ショーに彼らが出演したすべての回のノーカット映像を集めたDVDのBOXセットもあります」
「それはいいね。ぜひ観よう」
 片岡さんは続けて言いました。
「僕がザ・ビートルズを初めて“かっこいいな”と思ったときがあるんだ」
「いつですか」
「1965年のアメリカ公演だよ。シェイ・ステイディアムで演奏しただろ。あのコンサートが開演するときだよ。彼ら4人が、エド・サリヴァンの紹介に促されて、3塁側のダグアウトから飛び出して、2塁ベース付近に設置されたステージへ走って向かったんだ。リンゴ以外の3人はそれぞれの楽器を持ちながらね。ニュース映画で観たような気がする。あの光景はとてもかっこいいなと思った」
「ではそのシーンが映っている映像作品もリストに入れましょう」
 こうして『A Hard Day’s Night』、『HELP!』、『LET IT BE』抜きのリストは完成しました。思えばこの3本についてはさまざまな本、ムックで書き尽くされています。
「そうだよ、問題ないよ。あ、それより『愛しのフリーダ』も入れよう」

ディランへの深い関心

 次はボブ・ディランです。真っ先に片岡さんが挙げたのは『The Other Side Of The Mirror』でした。1963年から1965年までのニューポート・フォーク・フェスティヴァルにおけるディランの出演シーンを集めた映像です。彼がエレクトリックに「転向」した1965年のステージは、あまりにも有名ですが、あのシーンを片岡さんがどう書くのか。期待に胸は高まるばかり、というやつです。
 『DONT LOOK BACK』、『NO DIRECTION HOME』の「2大作品」が外されたら、全力で抵抗しようと決めていたのですが、無事にリスト入りしました。

The Other Side Of The MirrorDONT LOOK BACK、NO DIRECTION HOMENO DIRECTION HOME

「ビートルズの法則」からいうと、ディラン本人が演者となった映画、たとえば『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』(原題:Pat Garrett and Billy the Kid)や『ボブ・ディランの頭のなか』(原題:Masked and Anonymous)などは選外かな、と思ったのですが、
「ぜひ観ましょう。観るということは書きましょう」
 とのこと。このあたりの基準はいまでも謎です。
 この本『彼らを書く』で、片岡さんのディランに対する思い、関心の深さは相当なものがあると感じています。なぜディランはエレクトリックになったのか、そして、それ以降、現在に至るまでのディランに関しての考察には圧倒されます。帯のコメントを寄せていただいた細野晴臣さん(この場を借りて深く感謝を申し述べます)も「圧倒された」と書かれていますが、僕もディランに関しての文章には、まさに圧倒されました。「そうか、そうだったのか」という発見と「作家はこのように言語化、かつ明確化するのか」という驚き、そして感動です。
 そのことを片岡さんに言うと、
「僕は理屈で生きていますからね」
 と、ニヤリ。
「理屈の前に“屁”は付きませんか?」
 としながら言うと、
「付くわけがないでしょう」
 と苦笑していました。全篇が読みどころですが、ディランの章は特に思索的です。

ぼくはプレスリーが大好きか

 1971年に初版が出版された、言わずと知れた片岡さんの評論集『ぼくはプレスリーが大好き』ですが、個人的に思っていたのは、この見事なタイトルが勝手に「独り歩き」をしているのでは、ということでした。片岡義男は全面的に無条件でエルヴィス・プレスリーを愛している、と世間では思われているのではないか。つねづねそう思っていた僕は片岡さんに訊きました。
「ぼくはプレスリーが大好き、と言いますが、条件付きで大好き、ということですよね?」
「もちろんだよ。エルヴィスの絶頂期はサン・レコード在籍中、そしてRCAに移籍してからのアルバム数枚。でも、その後はね……」
「その後はいただけないですか」
「ときどき、いい曲もあったけどなぁ」
 ということもあってか、エルヴィスの映像作品選びについてはわりとストレートでした。『やさしく愛して』(原題:Love Me Tender)、『さまよう青春』(原題:Loving You)、『監獄ロック』(原題:Jailhouse Rock)、『闇に響く声』(原題:King Creole)と、エルヴィス全盛期の主演映画が時系列にリスト・アップされました。
 ところがこのまま終わらないのが片岡義男です。
「『Heartbreak Hotel』という映画があるんだよ。それについても書きたい」
「エルヴィス映画にそんなタイトルのものがありましたっけ?」
「いや、エルヴィス自身は出演していない。ヘンな映画なんだ、これが」
「調べてみます」
「ハーヴェイ・カイテルがエルヴィスになりきっている男を演じた映画もあったなぁ。確か『FINDING GRACELAND』というタイトルだよ」
 王道的なエルヴィス主演映画から一転して、どんどんカルト・ムーヴィーの世界に入っていきます。このへんのカーヴのかけ方もじつに片岡義男的でした。

Heartbreak HotelFINDING GRACELAND

書くからには観ないといけない

 映像作品のリストも出揃い、いよいよ執筆です。

映像作品のリスト

 ところがなかなか原稿が届きません。片岡さんは一篇一篇が完成するたびにメールで原稿を送ってくれます。最初の一篇が届き、ワクワクしながら読んで
「おお、すごい。次の原稿が楽しみだ」
 との思いで待ちわびるのですが、次の一篇がなかなか来ません。
 そのあいだに、僕は届いた一篇のなかに登場するエピソードに関連する写真を、思う存分、ひたすら探す時間ができたわけですから、問題はなかったのですが。
 僕は催促するのも催促されるのも苦手ですが、その反面、かなりせっかちな性格です。片岡さんと会って、食事をするたびに
「どうですか」
 と、ひと言だけ訊くことにしました。するとそのたびに、
「観ないといけないんだよ。DVDをじーっと観ていないと書けないんだ。その単純な事実に気づいたよ。長い映画だと200分越えだぜ。メモ取りながらさ」
 との返事。
「ですよねー。大丈夫です。本文に飾る写真を探していますので」
 本文の中に入れる写真を探す、この作業には特にこだわりました。エッセイの中に出てくるシーンそのものズバリの写真を選んだほうが効果的かな、というケースもありますし、あえて本筋とは少しずらしたカットを選ぶのもアリかなと思ったり。なにしろビートルズ、ディラン、エルヴィスですから、彼らを捉えたアーカイヴ写真も膨大な量です。しかし、写真の権利関係が複雑で、その強固にロックされた写真を使うためには何種類もの鍵が必要、というケースもしばしば。もっといい写真はないか。もっとふさわしい写真はないか。
 そう思いながら、いったい何千枚の写真をチェックしたでしょうか。

 そして、片岡さんと海老フライを食べたり、ステーキを食べたり、寿司をつまんだり、京都へ行きコーヒーを飲み、古書店を覗き、おでんや卵サンドを食べたりしているうちに、1年が経ちました。片岡さんとの雑談は尽きませんでした。原稿の話はほとんど出なかったような記憶があります。
「今日も実のない与太話に終始しましたね」
「まさにそうだね」
「いいんですか、こんな記憶に残らない無駄話ばかりで」
「別れたら今日何を話したのか一切覚えていないという会話が最高なんだよ。毎回毎回、本質的な話ばかりしていたら怖いよ、大変だよ」

京都・一乗寺の「つばめ」にて定食

◆京都・一乗寺の「つばめ」にて定食(鶏とじゃが芋の揚げ団子・大根ときのこの味噌煮・胚芽米・味噌汁・漬物)を食べたあと、マンデリン中深を一杯。「東京から食べに来ました」と言ったら、お店の人はびっくり。

京都・丸太町近くの「百春」のタマゴサンド

◆こちらは京都・丸太町近くの「百春」のタマゴサンド。もちろん珈琲とともに。

三月書房

◆「三月書房」よ、永遠なれ。気がつくと入店してからあっという間に一時間。

京都・祇園四条の「蛸長」

◆京都・祇園四条の「蛸長」。片岡さんは大根が好き。ぼくは蒟蒻が大好き。

二条城近くにある「チロル」のカレー

◆二条城近くにある「チロル」のカレーも、京都駅から直行して食べに行きました。「酔狂ですねぇ」と片岡さんに言うと「酔狂の極みです」とのこと。

 その1年のあいだ、ポツリポツリと原稿が届きましたが、まだ半分にも満たない量です。届くたびに、その原稿にふさわしい写真を探索しては、そのつど片岡さんに何枚も何枚も見せていました。
「ひゃあ、こんな写真があるんだね。いいですねぇ」
「そろそろ執筆のピッチを上げていただかないと、僕、定年になってしまいますよ」
「観ます。書きます。送ります」
 1年半が過ぎたころ、ようやくあとはエルヴィスの映画8本を残すのみとなりました。

これは音楽本ではない!

『珈琲が呼ぶ』の刊行から2年が経ったころ、すべての原稿が完成しました。リスト・アップされたDVDのなかでボツになったものも何作品かあります。ビートルズ関連では『Across The Universe』、エルヴィスでは『The Searcher』など。
「読みたかったなぁ」
 と片岡さんに言うと、
「いやぁ、きりがないだろう」
 とのこと。
 原稿を通して読み、エッセイの配列順を練っていくうちに思ったことがあります。僕はビートルズもディランもエルヴィスも大好きで、若い頃はそれこそレコードが擦り切れるほど聴きましたが、最近ではそれらのレコード、そして買い直したCDもほとんど聴くことはありません(ディランの新譜は別ですが)。しかし、そのかわりに彼らに関する書籍、ムックをやたらと読むようになったのです。さんざん聴いたレコードをあらためてターン・テーブルに載せることは少なくなったのですが、彼らを「読む」ことに対しては、年々その熱意が増しているのです。
 その僕が、と言うと、おこがましいのですが、その僕が強く感じたのは、この片岡さんの書いたビートルズ、ディラン、エルヴィスは、今まで僕が読んできたものとはまったく違った質感でした。そこには片岡義男という「個」が存在し、その個体から発した言葉が散りばめられていたのでした。

片岡義男

◆これこそが片岡義男という「個」です。実際のところは、アップル・パイを買って店を出る片岡義男ですが。

 史実を丹念に再取材したもの、関係者からの新証言集、楽曲のコード展開の解説、歌詞の考察……彼らに関する本はさまざまな切り口から成り立っていますが、この『彼らを書く』はそれらのどれとも違う、いや、まったく違うものとなっています。すべての一文一文に「片岡義男」が存在し、その存在によって、読んだ文章は僕を思いもよらぬ方向へと連れて行ってくれる、そんな強烈な作用があるのです。
「僕が書いたのだから、僕という人間が出るのは当たり前だよ」
 そう片岡さんはあっさりと言うかもしれませんが。

写真を本文中に置く、その位置が肝心

 さあ、いよいよ原稿をページに割り付けて、その文章の間に写真をレイアウトしていく作業に入りました。僕は完全なアナログ人間で、インデザインなどのソフトが使えません。聞くところによると(聞かなくても常識なのですが)、インデザインを使えばたちどころにWord原稿がページごとに流し込まれ、あっという間に本文の棒組みが出来上がり、そこに写真データを挿入していけば、ストレスフリーでたやすくページ組みが完成するというではありませんか。
 ところがこの僕ときたら、Word原稿をプリントアウトして縮小コピーし、ハサミで切っていき、本の見開きスペースを鉛筆で線を引いたA4の紙にそのWord原稿をノリでペタペタと貼っていくというありさまです。周りの人間は、
「それ、大変な手間ですよ。インデザのやり方、教えましょうか?」
 と言います。僕は訊きました。
「俺がインデザインを完璧にマスターしたのちに、この作業をインデザで行なったほうが速いのか、それともこの手貼り作業でやり通すのが速いのか。さあ、どっちだ?」
「確かに、それは微妙ですね……」

完全な手作り

◆ご覧の通り、完全な手作り。この段階ではDVDパッケージの写真は小さくしていました。

 問題は写真を置く位置です。本文とその内容を反映する写真が同じページに入っていないと効果は半減します。ぴったりとハマる場合もありますが、ある見開きページで書かれた状況の写真が次の見開きページに入っていては興ざめです。この配置には苦労しました。
「まあ、ちょっと本文と写真の位置がズレているけどいいか」
 と、いけない気持ちが頭をよぎりながら、256ページをすべて切り貼りで完成させました。時間をおいてパラパラとめくってみると、やっぱりこれではダメだ、と思い直し、気力を振り絞ってもう一回作り直しです。土日の時間をすべて使い、テイク2が出来ました。それを片岡さんに見せると、
「もっと写真を大きくしようよ。小さいよ。それにDVDのパッケージ写真も他の写真と同様に大きく扱わないと。パッケージ写真だけ小さく見せたら、意味が出てきちゃうし」
 と、きわめて涼しい顔で言われました。おそらく僕の顔は半ベソになっていたかと思います。
「写真を大きくするとページ数が増えてしまいます……」
「PCでやればあっという間だよ。きちんと帳尻も合わせられるよ」
「じゃ、じゃあ、お聞きしますが、片岡さんはPCでそれを出来るのですか?」
 こうなると、もはや八つ当たりです。

Wordで打った文字を切り張りしてツメツメにしたもの

◆Wordで打った文字を切り張りしてツメツメにしたもの。どなたかこれをPCで楽にできる方法を教えてください。教えていただいても、すぐ忘れるでしょうが……。

 とにかくまたまたやり直し。写真を大きくコピーして、1ページめから作り直しました。同じ山にルートを変えて3回登った気分になりました。256ページを3回ですから、768ページぶんをノリとハサミ、カッターでカンプをこさえたわけです。使ったスティックのり(特大サイズ)は7本、カッターで指を切った回数3回(うち1回は重症。左親指の皮膚の一部を削ぎ落してしまいました)。でも、片岡さんのアドヴァイスはいつだって正しい。写真を大きくした完成版のテイク3は、とても出来ばえがよくなりました。

テイク1に片岡さんの指示が容赦なく書き添えられています

◆テイク1に片岡さんの指示が容赦なく書き添えられています。それをもとに作り直したら、当然ページ割りが変わってしまいましたが、なんとかクリア。

書名をどうする

 さあ、いよいよこの本の書名、タイトルです。
 最初の原稿をいただいた2年前から、折に触れて考えていました。思いついたタイトルを、その出来不出来に関わらずメモに残しておきました。お見せするのも恥ずかしいし、なぜこんなタイトルをつけたのか、というものもありますが、以下に書いておきます。
「16:9の彼ら」
「自転するエルヴィス、ディラン、そしてビートルズ」
「2人と4人」
「彼と彼らの映画を観たあとで」
「まるで映画のような彼らの話」
「彼らの話なら尽きない」
「風に吹かれてやさしく抱きしめたい」
「個人の感想です」
「DVDで逢いましょう」
「ロックは秒速3.5mで再生された」
「DVDのBBP」
「BBPのDVD」
「ロックを再生する」
「彼らを再生させる」
 まだまだ、この3倍くらいのタイトルをメモしたのですが、自主規制させていただきます。
 僕が「いいのではないか」と思ったのは、
「2人と4人」
「彼らの話なら尽きない」
「BBPのDVD」
「ロックを再生する」
「彼らを再生させる」
 の5本でした。片岡さんに見せると、しばらく経ってから
「彼らの話なら尽きない、というのがいちばんふさわしいのかもしれませんね」
 とのこと。
「どうでしょう、『ロックを再生する』というのは」
「うーん……“彼ら”なんだよ、結局は」
「BBPのDVDってのはいかがですか」
 これには笑っているだけでした。
「2人と4人というのはどうでしょう」
「……だって、2人と4人じゃないぜ」
「ディランにエルヴィス、そして4人組のビートルズですよ」
「ディランは1人、エルヴィスも1人だろ。だから正しくは『1人と1人と4人』だよ」
「それじゃタイトルになりませんねぇ」

これらは僕が「2人と4人」というタイトルにこだわっていた頃のカヴァー案

◆これらは僕が「2人と4人」というタイトルにこだわっていた頃のカヴァー案。すべて手作りなのですが、そばにあるMacのキーボードがむなしい。

 僕の頭のなかでは「ロックを再生する」がイチ推し、「彼らの話なら尽きない」が次点だったので、少しモヤモヤしながら言いました。
「ロックを再生する。そうです、文字通りロックのDVDを再生するという意味もありますが、1969年に死んだと言われるロックを再び生き返らせる、という意味も隠れています。これっていいと思いませんか?」
「うーん……彼らなんだよ。奴らじゃないし、あいつらでもないし、彼らなんだ。どうだろう、『彼らについて書く』というのは」
「では『彼らを再生させる』では?」
「どうかなぁ」
 どうも片岡さんは「再生する」というフレーズが気に入らないようです。
「彼らについて書く、これを可能な限りに短くするのはどうでしょう。『彼らを書く』。これほどの事実はほかにはありません。彼らを書いたわけですから」
「よし、そうしよう」
 こうして、まあなんとも潔いタイトルが誕生したわけです。

装丁は片岡義男とのコンペ

 本文のカンプが出来上がり、書名も決まり、片岡さんといつものように海老フライを食べていると、片岡さんがボソッと言いました。
「今回の本の装丁は僕がやろうと思っているのですが」
「ホントですか」
「どうでしょう」
「もちろん大歓迎です。でも僕にも装丁案を出させてください」
「いいですよ」
 と、片岡さんは笑いながら言いました。そしていきなり、
「U.S. VOGUEの最新号を取り寄せてください」
 とのこと。
「お安い御用ですけど、どうするんですか?」
「色がね、あるんですよ」
「色?」
「カヴァーに使う色が」
「最新号のU.S. VOGUEの中にですか?」
「そうです」
 数日後、U.S. VOGUEの最新号を片岡さんに渡しました。片岡さんはその場で雑誌をパラパラめくり、
「ほら、この色、いいですねぇ」
 と広告ページを指さします。
「ティファニー・ブルーですね」
「このブルーはザ・ビートルズの色だよな」
「そ、そうなんですか」
 さらに片岡さんはページをめくり、
「ディランはこのレンガ色、エルヴィスはこのダーク・ブルーだね」
 と、いずれも広告ページを指しました。
「これで出来ます。大丈夫です」
「その3色を使うわけですね?」
「そうです」
「では、僕もその3色を使ってデザインを考えてきます。勝負です。コンペです」
「いいですよ。そうしましょう」
 なぜビートルズが水色で、なぜディランがレンガ色で、なぜエルヴィスが紺色なのだろう、と思いながらも僕には秘策がありました。タイトルを考えているとき、思いついた案のひとつに「BBPのDVD」というものがあった、ということはすでに書きました。ふたつの「B」はBEATLESとBOBの「B」です。そして「P」はPRESLEYの「P」です。この「BBP」、小文字にすると「bbp」というかたちになることに気が付いたのです。
「お、楕円の窓が3つ並ぶではないか」

一日中bとbとpをカッターと糊でいろいろとこねくり回していました

◆一日中bとbとpをカッターと糊でいろいろとこねくり回していました。

 さっそく、欧文書体の中で僕がいちばん好きなヘルベチカ・ボールドで「bbp」と打ち、思い切り拡大コピーして、例によってハサミで切り取り「bbp」の字間を詰め、その3つ並んだ楕円の窓の中にビートルズ、ディラン、エルヴィスの顔写真をこれまたハサミで楕円型に切り、はめ込んでみました。もちろん片岡さんが指定したとおり、ビートルズの「b」は水色、ボブの「b」はレンガ色、プレスリーの「p」は紺色に着色しました。楕円の中に入れる写真は、文字がカラーなので、あえてモノクロのポートレートを選びました。
「うん、これはいいぞ」
 ちょうどそのときです。片岡さんから装丁案が送られてきました。
「わ、おしゃれ」
 見た瞬間、そう声に出してしまいました。3色の色合いといい、構成といい、素晴らしい出来栄えだと思ったのです。片岡案と篠原案の両方にタイトルと著者名を入れて、一晩中眺めていました。
 片岡さんに会い、両方の装丁案をテーブルの上に置きました。
 片岡さんは僕のbbp案を見て、
「ひゃあ」
 と言ったきりです。
「どっちがいいですか?」
 片岡さんは自分の案を指さしました。そりゃそうだよな、と思いつつも、
「確かに素敵だと思います。僕の案は説明的かもしれません。でも、片岡さんのデザインは逆に抽象的で、文芸の色合いが強くなると思います」
「だって文芸だろ?」
「確かに。それにしても片岡さんはアブストラクトですねぇ」
「アブストラクトではないよ。ちゃんと論理はあるんだ」
「デザインは素敵です。小説ならこれで決まりだと思います。でも、この本は“何が書かれているのか”が、カヴァーを見たときに一瞬でわからないとダメなんです」
「帯で説明すればいいと思うよ」
「もう少しだけ悩んでもいいですか」
「いいですよ」
「片岡さんはアブストラクトな人間ですけど、僕はタイポグラフィックな人間なんです」
「ハイハイ、さようでございますか」
 あきれたように片岡さんは笑っていました。

左が片岡さんの装丁案

◆左が片岡さんの装丁案。右が僕の装丁案。片岡さんのデザインは文芸的です。

 そして一週間後、また片岡さんにイタリアン料理店で会いました。
「片岡さん」
「ん?」
「装丁ですが、こっちに決まりました」
 僕は自分の案をそっと片岡さんに差し出しました。
「衆議院、参議院ともにこの案で可決されました。米国のトランプ大統領ともこの案で合意に達しましたことをここにご報告する次第でございます」
 片岡さんは笑いながら
「よぉし、やめよう。この本を出すのはやめよう」
 と、テーブルをひっくり返すしぐさをしました。この場をお借りして片岡さん、そして片岡案のほうがよかったじゃないかと思っていらっしゃる読者の方々に心からお詫びを申し述べます。お許しくださいませ。

細野晴臣さんから、素敵な贈りものが

 カヴァーのデザインも決まり、次はカヴァーに巻かれる帯のコピーです。
「DVD31作品のなかに、いまも彼らはいる」
 このコピーは片岡さんの手によるものです。
「書き下ろしエッセイ31篇と貴重写真87枚が豪華に絡み合うオール・カラーBOOK」
 と、僕が紙に書いたら、片岡さんは
「それを大きく目立たせないとダメだよな」
 と言いました。そうなのです、この本は贅沢にもオール・カラー印刷なのです。モノクロ写真も4色印刷しているのです。モノクロ写真をスミ1色で印刷するのと4色分解で印刷するのとでは味わいが全く異なります。4色分解されたモノクロ写真は素敵です。おかげで会社からは「コストがかかり過ぎだ」と怒られましたが。ごめんなさい。
 そして、帯にはきちんと「ザ・ビートルズ ボブ・ディラン エルヴィス・プレスリー」の名前をカヴァーの色と同じにして目立たせるように配置しました。

いったん完成したカヴァーと帯ですが……

◆いったん完成したカヴァーと帯ですが……。

 でも、僕には秘かな夢がありました。
 尊敬してやまない音楽家の細野晴臣さんに、この本についてぜひコメントをいただき、それを帯に載せたい。
 ビートルズとボブ・ディラン、そしてエルヴィス・プレスリー、この3人について語っていただくなら、細野さん以外は考えられないと思っていました。
 日頃から片岡さんとは音楽の話をよくするのですが、僕が知らない曲を片岡さんはときどき語ることがあります。
「その曲、知りません」
 と、僕が言うと、
「えー、知らないの? ダメだなぁ。細野さんなら絶対知ってるよ」
 と、いきなり細野さんの名前を出したことがありました。
「片岡さんは、細野さんとお知り合いなのですか?」
「いや、僕はキネマ旬報に連載されていた彼の『映画を聴きましょう』の愛読者なんだ。彼の知識たるや、それは凄いよ。とにかく映画をよく知っている。そして当然ながら、音楽についての見識、知識量、そしてそれを咀嚼する力には感服しているんだ」
「僕、細野さんの大ファンで、ライヴがあると必ず行きます。最近は古いブギウギなどもカヴァーして、古い深い井戸から美味しい水を汲み上げて紹介しているかのようです」
「彼は凄いよ。とにかくいろんな映画を観ていて、もちろんいろんな音楽を誰よりも多く、そして深く聴いている。だいたい、あの頃にモビーやバッファローを知っていた日本人がどれだけいたのか。それだけでも凄いよ」
「あの頃」とは細野晴臣さんがはっぴいえんどを結成する1969年前後のこと、モビーとはモビー・グレープ、バッファローとはバッファロー・スプリングフィールドのことで、細野さんが当時影響を受けたアメリカのバンドです。確かにモビーもバッファローも商業的大成功を収めたバンドとは言い難い存在です。しかし、そう感心するということは1969年当時、片岡さんも両バンドを聴いていたということに他ならないわけです。1971年に、あの『ぼくはプレスリーが大好き』を書いた人ですから当然なのでしょうが、細野さんも凄いけれど、片岡さんも凄い人です。
 そうでした、細野晴臣さんに帯のコメントをお願いしたいという話でした。
 僕は初校ゲラが印刷所から届けられると、手紙を書き、細野さんにゲラを送りつけてしまいました。ぜひご一読いただき、もしお気に召したら帯にコメントを頂戴できれば幸いです、と。片岡さんには一切相談しませんでした。細野さんにはこの『彼らを書く』をいち早く読んでいただきたかった、というのがいちばんの動機でしたので。
「脈は速いが仕事は遅い」
 をモットー(?)にしている細野さんです。締め切りまであまりにも時間がないという、大変失礼なお願いです。片岡さんがザ・ビートルズ、ボブ・ディラン、エルヴィス・プレスリーを書き、それを細野さんが読んでいただけたら……コメントがいただけなくても、それだけでも嬉しい。その思いだけでしたが、数日後、細野さんサイドから思わぬ朗報が届きました。
「締め切りギリギリ、デッドラインを教えてください」
 僕は飛び上がって、一切サバを読むことなくデッドラインをお伝えしました。コメントが届いたのは締め切りの3日前でした。お忙しい折に寸暇を惜しんで読んでいただいたのだ。そう思うと、嬉しさのあまり、体が数センチ床から浮いたような気持ちのまま、すぐに帯のデザインを差し替えました。
 片岡さんにも報告しました。
「グッド・ニュースです。あの細野晴臣さんが、帯にコメントを寄せていただきました」
「ええっ、本当かよ」
 片岡さんもとても嬉しそうです。よかった。
 細野さんのコメントを読み上げると、
「やあ、いいですねぇ……」
 と、しみじみとした口調で応えてくれました。
 この『彼らを書く』という本が、またひとつ幸せな本になった瞬間でした。

細野晴臣さんのコメントが入っていない帯

◆細野晴臣さんのコメントが入っていない帯。ドキドキしながら朗報を待ちました。

めでたく完成帯

◆めでたく完成帯。細野さんにはいくら感謝しても足りません。嬉しかったなぁ。

観ていなくも、読むだけで味わえます

 最後になりましたが、この『彼らを書く』は、ザ・ビートルズ、ディラン、エルヴィスの映像作品を観ていなくても、じゅうぶん味わえる一冊となっています。もちろん観ていれば最高ですが、読んだそばから、きっともう一回DVDを観なおしたくなるでしょう。彼らのファン、マニアの方々だけでの本ではありません。なぜなら、書き手が片岡義男だからです。一本一本の映像作品を、誤解を恐れず言えば、徹底的な「主観」で切り取っています。その「主観」の視点を思う存分味わっていただきたいと思っています。こんなふうに「彼ら」を切り取るのは、片岡義男だけですから。

再校ゲラの検討会

◆再校ゲラの検討会。片岡さんは文章よりも「この写真はいいですねぇ」と、リーゼント・ヘアのリンゴ・スターをじっと見つめていました。

 つくづく思いました。大切なのは「物事、人物、歴史」などに対する「考え」、その「自分の考え」をしっかりと持つことができるのか、できないのか。そしてさらに大切なのは、その考えを「自分の言葉」で的確に表現できるのか、できないのか。これができるのとできないのでは、人生、生き方さえも変わってしまうのでは、と。
 大袈裟に聞こえるかもしれませんが、僕にとってこの『彼らを書く』はそんなことを考えさせられるような「力」がありました。何度も何度も読んだからかもしれません。そんなに気張らなくても、
「なぜあの映画であの名シーンのことが書かれていないんだよ」
 と、軽いツッコミを入れながら読むのも、もちろんお勧めなのですが(笑)。
「彼ら」を媒介にして、どうかカタオカ・ワールドに浸ってください。そして、読んだあとは、ご近所の迷惑にならない程度にTVの音量を上げて、彼らのDVDを観てください。
 そのときに「彼ら」のイメージが少しでも変わっていたら、それは片岡義男の思うツボです。

2020年4月22日刊行! 『彼らを書く』

『彼らを書く』光文社

“このように書かれた「彼ら」を読むのは初めてだ。圧倒された。” 
細野晴臣氏(音楽家)
採り上げられた映像作品は全部で31作品。有名な『A HARD DAY’S NIGHT』や『HELP!』などが含まれていない「カタオカ・チョイス」にも、ファンの深読みがすでに始まっている。ディラン再来日、そして9月公開予定のザ・ビートルズ映画『GET BACK』を心待ちにしながら読み進めるのには最適の一冊。

【単行本】光文社|定価:本体2,000円+税|256頁

制作舞台裏|vol.1〜vol.7

stories01|寒い日は、炬燵と蜜柑と片岡義男。|『この冬の私はあの蜜柑だ』


stories02 |「私小説」の背後で、レコードは1分間に45回転の速度で回る|『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』


stories03 |再会は、ひとつの言葉だ。|連作小説集『と、彼女は言った』


stories04 |“あの頃”の続きの物語を届けたい|短編集『ジャックはここで飲んでいる』


stories05 |鮮やかな作家の企み|短編集『豆大福と珈琲』


stories06 |“書くこと”の根幹へ|『万年筆インク紙』


stories07 |やはり、コーヒーが似合う作家|『珈琲が呼ぶ』


2020年4月13日 09:00