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片岡義男.com 全著作電子化計画

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『階段を駆け上がる』7作品を公開!

『階段を駆け上がる』(左右社/2010年)所収の短編7作品を片岡義男.comで本日公開しました。
『階段を駆け上がっていった』以外は『階段を駆け上がる』のための書き下ろしですが、いずれも夏の季節が舞台です。どの作品からもお楽しみいただけますが、『美少女のそれから』『雨降りのミロンガ』『積乱雲の直径』の3作品についてはできればこの順番で読まれることをお勧めします。

咄嗟に撮影した女性の後ろ姿の写真についての物語である『階段を駆け上がっていった』の中で、写真家の高村夏彦は「僕はタイミングを間違えずに撮っただけだ。写真としては、それだけのものだね」と言います。写真を日常的に撮っていて感じるのは、このタイミングを間違えずに撮るということの難しさです。例えば鳥が羽ばたく瞬間を撮りたいと思って、羽ばたいた瞬間にシャッターを切ったとしても、そこに写っているのは、確かに羽ばたいた瞬間であっても、自分が撮りたいと思った瞬間ではないということはいくらでも起こります。この小説の中で、高村の妻で、作家である百合子もまた「いまあなたから聞いたとおりに書くほかないわね」と言います。これは文章における、写真でいう「タイミング」と同じ話で、つまり、作品作りに大事なのは、その瞬間が間違っていないかどうかが分かることなのでしょう。

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ハル・アシュビー監督の『さらば冬のかもめ』や、ヴィム・ヴェンダース監督の『パリ、テキサス』などの名作を例に出すまでもなく、ロードムービーは映画のひとつのジャンルとして大きな人気があります。この『夏の終りとハイボール』は短編小説ながら、まるで長編のロードムービーを観たような気分にさせてくれるロードノベルというか、日本語で言えば道中小説の傑作ではないでしょうか。ほとんど、旅の途中の二人の男女の会話だけで展開する物語は、ディテールの詳細な描写のおかげで、読んでいるこちらまで、旅の気分にさせてくれます。そして、物語はきちんと終わり、夏も終わるのに、旅は終わらないのです。なんと贅沢な体験ができる小説なのでしょう。

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作家である彼が、作家である彼女を描写し続けるという設定の物語だけに、『いまそこにいる彼女』が、目の前にいるようで、ちょっと嫉妬心さえ抱いてしまう短編小説です。これが描写の力であり、人物造形の見事さなのだと思います。そして、ディテールの、例えば、知り合った直後から長い付き合いのような気がする相手としてお互いがあったというエピソードや、文章書き同士の、急用時に代わりに原稿を書いてと頼める相手がいることの頼もしさなどは、決してファンタジーや想像の産物ではない、稀だけれど確かにあったことだということを感じさせるリアリティが、魅力的な「彼女」を描くだけで小説が成立してしまうことを証明しています。もちろん文章のプロ同士なら誰でも代筆ができるわけでも頼めるわけでもないのです。だからこそ、このエピソードのリアリティは、二人の相性の良さの表れになっています。

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『美少女のそれから』は、野球が物語の中心にある短編小説です。野球小説と言っても良いくらいです。高校の野球部でマネージャーだったかつての美少女は、三十歳半ばの美女に成長し、その野球部でセカンドを守っていた作家の川崎と再会、二人はキャッチボールをします。そこでワインドアップからボールを投げる彼女を、片岡義男は詳細に描写します。そういうフォームから繰り出されるボールが、どんな風に川崎のミットに吸い込まれるのか、その描写こそが、この小説のハイライトです。ボールを投げる、受ける、打つ、捕るといった動作が繰り返されるだけなのに、野球について書かれた物語には魅力的なものが多く、片岡義男の小説にも何度も登場します。野球を知らなくても、興味が薄くても、野球小説は面白く読めるのです。その秘密の一端が、この小説を読むとわかるような気がします。

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『雨降りのミロンガ』というタイトルを見て、あのミロンガかな? と思い、冒頭、神保町の交差点とハッキリ場所が書かれているということはやっぱり、あのミロンガなんだと思って読み進めたら、ミロンガどころか、神保町という街の記憶そのものがテーマになった物語でした。あまりハッキリと駅名や町の名前を書かず、読めば分かる人には分かるといった書き方の短編小説が多い片岡義男ですが、神保町の物語はほとんど神保町と名指しで書かれていることが多い印象があります。それだけ思い入れが強い街であると同時に、記録しておきたいと思わせるところのある町なのでしょう。読んでいると、東京堂書店で本を買って、ミロンガに行きたくなりました。現在、神保町の駅にはホームにスターバックスがあります。今も昔もコーヒーがすぐそこにある街なのですね。

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『積乱雲の直径』は、今回片岡義男.comで同時公開された『雨降りのミロンガ』に登場する、かつて喫茶店のウェイトレスだった女性の娘が編集者として登場します。全ての登場人物が野球経験者であるこの小説に登場するのですから、彼女ももちろんショートストップをポジションとする野球選手です。面白いのは、似たような設定の作家同士である男女が登場する『美少女のそれから』が純然たる野球小説だったのに対し、こちらは野球をあくまで背景として使い、野球を背景にした夏の男女の物語はどうすれば成立するのか、という小説になっていることです。なので、読む場合は是非、『美少女のそれから』『雨降りのミロンガ』『積乱雲の直径』の順で読まれることをお勧めします。

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作家、早坂エリンヌを襲うゲリラ豪雨と、その中を黙々と歩き続けるエリンヌの描写が強烈な印象を残す『割れて砕けて裂けて散る』は、『真夏の夜の真実』(1990)にも通じる雨の中を歩く怖さを書く片岡義男の筆致が圧巻です。しかし、それ以上に気になるのが、『積乱雲の直径』にも登場し、こちらでは最重要小道具になっている「立つ鯛焼き」です。検索してみると、どうやら立つことで有名な鯛焼きは都内にもいくつかあって、特に新橋の「銀座たい焼き櫻家」と北区十条駅近くの「けんぞう」が知られているようです。記録的な豪雨の中、薄いビニール袋とエリンヌの手だけで守られる鯛焼きが、果たして濡れないまま、エリンヌの口に入るのかと、読んでいるこちらがハラハラする、その極上のサスペンスは、立つたい焼きだからこそ生まれたもので、片岡義男の小道具選びの絶妙さに唸ります。

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2022年2月4日 00:00 | 電子化計画

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