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片岡義男.com 全著作電子化計画

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評論・エッセイ

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作品一覧

公開作品 1096

女性たちがニューヨークへ消えていく

女性たちがニューヨークへ消えていく

 ぼくの身辺から、女性の友人たちが次々に消えていく。十七年まえから現在にいたるまでのあいだに、七人の…

カーメン・キャヴァレロ

カーメン・キャヴァレロ

 一九七四年のたしか春だったと思う、僕はFM局で二時間のラジオ番組のホストのような役を、仕事の一部分…

青空とカレーライス

青空とカレーライス

 日本では「私の青空」として知られている「マイ・ブルー・ヘヴン」という歌は、一九二七年のアメリカに登…

町にまだレコード店があった頃

町にまだレコード店があった頃

 町にまだレコード店があった頃、そしてそれらのレコード店でLPをしきりに買っていた頃、僕はときどき歌…

交差点の青信号を待ちながら

交差点の青信号を待ちながら

 交差点の横断歩道の信号は赤だった。青に変わるのを待つために僕は立ちどまった。歩くために脚を動かして…

猫が階段で寝ている

猫が階段で寝ている

 いつも乗り降りしている私鉄の駅から現在の僕の自宅まで、やや急ぎ足で歩いて三分ほどだ。その三分間の道…

スター軍曹が降ってくる

スター軍曹が降ってくる

 ある日の午後、すずらん通りにある二階の店から、僕はひとりで階段を降りてくる。手ぶらだ。探しているも…

喫茶店を体が覚える

喫茶店を体が覚える

 LPが二十枚、ヴィニールの袋に入っている。かかえて持つとかなり重い。僕は中古レコード店を出て来たと…

それも姉が教えてくれた

それも姉が教えてくれた

 姉について僕が最初に聞かされたのは、父親からだ。僕はそのとき九歳だった。「カリフォルニアから姉が来…

壁面とマネキンの街を歩く

壁面とマネキンの街を歩く

「今回はふたりで別々にテーマを持って、おなじ街のなかでともに撮影するというセッションをしました。僕の…

時間はここでもまっすぐに突っ走った

時間はここでもまっすぐに突っ走った

「今日、秋のよく晴れた日、僕ともうひとりの僕は、都内のJR駅で午前中に待ち合わせをし、ふたりで写真を…

この貧しい街の歌を聴いたかい

この貧しい街の歌を聴いたかい

「きみが言っているジャパニーズ・スタイルというものが、わかってきたよ。僕が写真を撮るときには、風景に…

ジャパニーズ・スタイルを撮ってみましょう

ジャパニーズ・スタイルを撮ってみましょう

「アメリカで刊行されていて、日本でも買えるのですが、絵葉書の本というものがあるのです。何枚かの絵葉書…

彼女は彼を愛していた

彼女は彼を愛していた

 彼女は彼を愛していた。彼も、彼女を愛していた。ふたりの関係は、とても素晴らしいものだった。このまま…

四季のひとめぐり

四季のひとめぐり

「今日は記念日なのよ」  彼女が言った。 「そうだね」  彼が答えた。 「自覚してましたか」…

『結婚の生態』一九四一年(昭和十六年)

『結婚の生態』一九四一年(昭和十六年)

「石川達三の小説『結婚の生態』から、良き結婚生活精神の建設を新たな物語に描いて──」という文章が、冒…

『影の外に出る』まえがき

『影の外に出る』まえがき

 二〇〇三年の夏が終わろうとする頃から、主として報道をとおして、次のような言葉がこの僕の目や耳にも、…

思い出すのはアメリカ式朝ごはん

思い出すのはアメリカ式朝ごはん

『アメリカン・フード(アメリカの食べもの)は、どんなふうでしょうか、ちょっと見てみましょう』というタ…

ピーナツ・バターで始める朝

ピーナツ・バターで始める朝

 ピーナツ・バターとの久しぶりの再会をいま僕は楽しんでいる。10年ぶり以上、15年くらいにはなるかも…

オートミールの朝食

オートミールの朝食

 子供のころ、朝食にオートミールをよく食べさせられた。ぼくが子供のころには、日本のどこをさがしてもオ…

創意と工夫との結果による、まったく新しいもの

創意と工夫との結果による、まったく新しいもの

 クエイカー・オーツの、あの帽子をかむった血色のいいおじさんが何人もずらっとそろって、オートミールの…

トーストにベーコン・アンド・エッグス、そして紅茶

トーストにベーコン・アンド・エッグス、そして紅茶

 トーストにベーコン・アンド・エッグス、オレンジ・ジュースと熱い紅茶、そして日本ではふつうクレソンと…

少年食物誌

少年食物誌

 瀬戸内海に面した小さな港から内陸にむかって、一本の川がのびていた。港から入江に入りこみ、山陽本線の…

自然から遠く離れて

自然から遠く離れて

 明治時代までの日本人は自然とともにあった。あらゆるかたちの自然を信頼し、必要にして充分に畏れ、自然…

少年とラジオ

少年とラジオ

 1951年にはぼくは子供なのにラジオを5台くらい持っていた。アメリカ製のテーブル・ラジオあるいはポ…