アイキャッチ画像

荒野に吹く風

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 はじめてのときは、アリゾナやニューメキシコの荒野の上空を、飛行機で飛んでしまった。残念なことをしたものだと、いまでも口惜しく思う。

 アメリカのまんまんなかはどんな感じだろうかと思い、カンザス州に狙いをつけ、ウイチトーとかトピーカ、あるいはカンザス州側のカンザス・シティあたりへいってみようとしていた。ロサンゼルスの空港でカンザス・シティ行きの便をみつけ、切符を買ってロビーみたいなところを時間までうろついていたときひとりの少年と知り合いになった。知り合いになったと言っても、行きずりにすこし親しく口をききあっただけのことだが、あのときの彼の雰囲気をなぜだかいまでもぼくは記憶している。

 フロリダ州のマイアミへいくのだ、と彼は言っていた。両親は離婚し、母はどこかへ行方不明になってしまったが、父親はマイアミで不動産業をやって成功していて、ふた月に一度、ロサンゼルスからマイアミまでの飛行機の切符を送ってきてくれるのだという。その切符で、ふた月に一度、マイアミまで彼は父親に会いにいくのだ。そのときも、マイアミ行きの飛行機の時間を待っているところだった。

 おまえはどこへいくのかと彼がきくから、この大陸のまんなかへいってみたい気がしてカンザス・シティまでいくのだとこたえたら、彼は舌を鳴らして首を振った。そんなとこやめろ、と彼はしきりに言った。カンザス・シティ行きの切符をキャンセルして俺といっしょにマイアミへ行こう、と彼はぼくを誘った。

 マイアミにそんなに面白いことがあるのかとぼくがききかえすと、彼はぼくに顔をよせ、おやじのクルーザーでマイアミの海へ出ていき、船上でマリワナを喫うのだ、と教えてくれた。

 彼のおやじが、再婚した相手である若い奥さんがいつもマリワナを船に持ってくるので好きなだけ喫える、と彼は言っていた。日本ではまだマリワナのマの字も聞かれなかった、ずいぶん昔のことだ。

 マリワナのマイアミと、まんまんなかのカンザス・シティとをくらべてみるとぼくにはカンザス・シティのほうが面白そうに感じられた。だからマイアミには行かなかった。

 ロビーのほかの場所で時間をつぶし、あとで彼のいるところをとおったら彼は椅子にだらしなくすわって鼻くそをほじくりながら、MADを読んでいた。「じゃあな」とぼくが言うと、彼は視線だけぼくにむけてよこし、奇妙に人なつっこく、ウインクをひとつしてみせた。

 カンザス・シティで知り合った人からは、ぼくがロサンゼルスから飛行機で空を飛んできたことについて、もったいないことをしたね、と言われてしまった。

 広い大陸のまんなかあたりがどんなふうになっているのか知りたければ、地べたを車で這ってくるのが一番だよ、とその人は言っていた。彼がぼくに言ってくれたことすべてを、彼自身の言葉のなかにあったひと言に要約すると、You missed everything.であった。

 なるほど、そうだったか、とぼくは素直に思いなおした。道中が重要だったのだ。飛行機によって空を飛ぶ道中では、なにも見ることができず、感じとることもできないのだなと思ったぼくは、カンザス・シティにはべつにこれといった特別の用事もなかったから、それからすぐに、西へむかうグレイハウンドに乗ってしまった。この道中は、素晴らしかった。

 カンザス・シティからウイチト、オクラホマ・シティと南下していき、別なルートのバスに乗りかえてテキサス州のアマリロ、そしてニューメキシコ州のアルバカーキ。なぜアマリロヘいったかというと、この地名の語感にひかれたからだ。アメリカふうにちゃんと発音したときのアマリロという音は、とても素敵だ。アクセントは、「リ」のところにくる。このことをいつだったか人に話したら、あなたはぜいたくなんだよ、と言われてしまった。こういう意味でのぜいたくな旅は、しかし、やはり欠かせない。

 サンタフェという地名にもひかれていた。だから、アルぺカーキからサンタフェにむかい、コロラド州のプエブロまで北上した。プエブロという名前もまたいい。プエブロから折りかえして南へくだり、テキサス州のエルパソ。エルパソという名前も、ひびきは素晴らしい。ここから、ローズバーグをへてアリゾナ州のトゥースン。北上して、フィーニックス、そしてフラグスタッフ。そこからは西へむかい、すぐにカリフォルニア州に入ったのだった。

 ニューメキシコやアリゾナでは、窓の外に見えつづける荒野が、なんとも言えずぼくの想像力ないしは創造力を刺激した。グレイハウンドのシートでとなりあわせにすわった陽気なおばさんは、荒野に照りつける陽ざしに目をしかめ、荒野のほかはなにもない、と言って口をあけて眠って寝言を言ったり急に目をさましてチョコレートを食べたり、映画のファン雑誌を読んだりした。

 たしか窓ガラスにはうっすらと色がついていて、下のほうだけ、透明な部分がすこしあった。シートのなかで姿勢を低くしたぼくは、ほんとに飽くことなく荒野をながめてばかりいた。荒野のほかはなにもないと、となりのおばさんは言うが、荒野があれば充分ではないか。

 まっすぐに西へのびているUSハイウェイの、そのまんなかにむかって巨大な太陽が沈んでいくのを見届けるのはものすごくスリリングだったが、その時間におきていて前方に目をこらしていたのは、バスのドライバーのほかはぼくだけだった。

 置き去りにしていく荒野、そしてその荒野のなかに、ぽつんとある小さな町。時間からこぼれ落ちたような町々のたたずまいが、なんと魅力的に見えたことか。かならずひきかえしてきて、荒野とそのなかの小さな町に、ていねいに再会しなくてはならないと、ぼくは思った。

 再会までには、すこし時間がかかった。

 リアリティから切りはなされた、不思議な手ざわりを持ったロサンゼルスをあとにし、サンバーナディーノの山をこえて荒野に出たときには、じつに痛切にぼくは納得していた。そうだ、そのとおり、こうでなくてはいけないんだという、うれしい期待に満ちた納得だった。

 荒野は、かぎりなく魅力的だった。

 目ざわりなものがなにひとつ存在しない大空間は、誰がなんと言おうとも堂々としてぜったいにそこにあり、したがって荒野は真実だった。

 いろんなことが次々に記憶という現在のなかによみがえってくるが、みじかいこの文章のためにまるで「落ち」のようにひとつだけ書くなら、たとえば、テキサス州リュボックのすこし手前の小さな町でグレイハウンドを降りたときのことなど、いいのではないか。

 テキサス・パンハンドルであるこの地方の名物のようになっている砂嵐が町に来ていた。風にまきあげられた荒野の砂が町の空いっぱいに立ちこめ、晴天なのにまるで異星のように光りはぼうつと黄色っぽく、なんの遠慮もなく吹く風が土ぼこりを顔や首すじに叩きつけてよこし、痛かった。

 風に足をすくわれそうになりながら、バンダナで覆面のように鼻と口をおおって歩いていくと、歩道によせて一台のシヴォレー・インパラがとまっていた。

 ふとその車のなかを見ると、くすんだ金髪の、まだ充分に若いと言える年齢の女性がひとり、小さな丸くて平たいカンに入ったうっすらと黄色の半透明なクリーム状のものを指さきにとってはしきりに顔ぜんたいに塗りこんでいるのが見えた。ヴァセリーンのようなペトローリアム・ジェリーなのだが、風や砂に叩きまくられる顔を保護するため塗りこめているのだということは、ピンときた。

 ぼくもさっそくドラグストアに入り、彼女が持っていたのとおなじカン入りのものをひとつ買った。これをつけないで砂嵐の町を半日もうろついていると、顔の肌が、がさがさに荒れるのだった。顔に塗ったペトローリアム・ジェリーのきつい鉱物質の香りごしに体験した、あのときの砂まじりの風が、ほんの一瞬ぼくの顔のまえをいま吹いていったなどと書くと、「落ち」になりすぎだと思う。荒野でなければ、あのような風は吹かない。

底本:『コーヒーもう一杯』角川文庫 1980年

関連エッセイ

10月27日 |オン・ザ・ロードとは


10月14日 |『路上にて』を買いそこなう


4月4日 |ロバート・ジンママン|エルヴィスから始まった


10月19日 |心が爆発する|エルヴィスから始まった


8月25日 |ロックン・ロールとカウボーイ・ブーツ|エルヴィスから始まった


5月22日 |60年代


3月9日 |オン・ロード


9月27日 |ハイウェイのある風景に挽歌がスニーク・イン

今日の一編

『アリゾナ・ハイウェイ』
表紙_アリゾナハイウェイ
別れの痛みとともにある人々を慰撫するのは、アリゾナのむき出しの荒野だけだ。


1980年 『コーヒーもう一杯』 アメリカ アリゾナ コロラド テキサス ニューメキシコ 荒野
2016年10月16日 05:30
サポータ募集中