VOYAGER

片岡義男.com 全著作電子化計画

MENU

お知らせ

エッセイ『CDを積み上げる』より11作品を公開

岩波書店の雑誌『図書』(岩波書店)にて2020年から2022年まで3年にわたって連載された『CDを積み上げる』から11作品を本日公開しました。

 ブロッサム・ディアリー(1924〜2009)のことを知ったのはLPを介してだった。僕はかつてFM東京の2時間番組を週に一度の深夜におこなっていて、その番組でどんな曲をかけるか、選ぶのは僕の仕事だった。女性のジャズ歌手の歌はかなり頻繁に登場した。深夜に女性の歌声はよく調和していたからだ。ブロッサム・ディアリーを知ったのはそんなときだ。『プリュ・ジュ・タンブラセ』をフランス語でディアリーは歌っていた。フランスの歌だ、シャンソンかもしれない、などと僕は思ったが、実は昔のアメリカでヒットした流行歌で、それにフランス語の歌詞をつけ、ディアリーが歌ったのだ。久しぶりに聴く『プリュ・ジュ・タンブラセ』は、かつて聴いたのと寸分たがわなかった。
・ブロッサム・ディアリー『プリュ・ジュ・タンブラセ』(1997)

(『図書』岩波書店/2021年1月号掲載)

こちらからお読みいただけます

 ブロッサム・ディアリーのCDをふた組購入した。そのうち『ブロッサム・ディアリー ザ・コンプリート・レコーディングス 1952–62』と題した4枚組のCDには、全部で9枚のLPが収録してある。6枚はもうひとつと完全に重複している。その6枚のうち、4枚まではCDを所有しており、LPでも同じ4枚を持っている。つまりこの4枚に関しては4重に重複していることになる。しかしこの程度の重複を嫌がっていたら、CDを積み上げることは出来ない。複製芸術、という言葉だってあるではないか。残りの3枚のうち、『ブロッサム・ディアリー・プレイズ』というLPは、彼女のピアノを録音したものだろう。『パリの4月』という曲名が題名に続いてあげてある。ディアリーのピアノだ。これは聴かなくてはいけない。このLPの音が手に入ったか、と僕は感慨を込めて書く。
・ブロッサム・ディアリー『ザ・コンプリート・レコーディングス 1952–62』(アルバム/2014)
・ブロッサム・ディアリー「パリの四月」(1955)

(『図書』岩波書店/2021年2月号掲載)

こちらからお読みいただけます

 ブロッサム・ディアリーの1952年から1962年までのLP8枚の曲を収めたCD4枚組セットの最初は、1954年にディアリーがフランスに移って作ったジャズ・コーラス「ザ・ブルー・スターズ・オヴ・フランス」というグループのLPだ。フランスで作りフランスを中心に市販されたLPだから、当然のこととして、題名や歌詞はすべてフランス語だ。2011年1月なかばを過ぎたある晴れた日の午後、僕は67年前のLPを初めて聴いた。再生が始まった瞬間から、時間が現在になるのはいつものとおりだ。いまの時間のなかで再生されるのだから、録音されたのがいつであれ、スピーカーから聴こえてくる音はいまのものになる。
・ブロッサム・ディアリー『ザ・コンプリート・レコーディングス 1952–62』(アルバム/2014)
・ブロッサム・ディアリー&ザ・ブルー・スターズ・オヴ・フランス「バードランドの子守唄(Tout Bas[Speak Low])」(1955)

(『図書』岩波書店/2021年3月号掲載)

こちらからお読みいただけます

 長山洋子さんの『炭坑節』を聴いてみた。声、歌い方、歌の雰囲気など、あらゆる点においてそれは完璧だった。僕が聴きたいと願っていた『炭坑節』が、そっくりそのまま、そこに具現されていた。こういうこともあるのかと感じ入りながら、僕は何度もその『炭坑節』を聴いた。聴けば聴くほど、それは僕にとって理想的な『炭坑節』となっていった。太平洋戦争によって故郷を失った人々は、たまたま住んで仕事を得た場所で、日々をしのいだ。そのような彼らに、いまいる場所に愛着を感じ、やがてはそこを故郷と呼ぶようになる日がくるといい、という期待をこめて、日本政府は盆踊りを強く推奨した。その盆踊りになくてはならないものが、『炭坑節』だった。
・長山洋子『おんな炭坑節』(2004)

(『図書』岩波書店/2021年4月号掲載)

こちらからお読みいただけます

 僕は知らなかったが、ミレーヌ・ファルメールという人のミュージック・ヴィデオが日本の雑誌に紹介されていた。ごく短い紹介のなかに、これぞMV、という語句があった。これぞ、と言われたら、見るべきだ。だから僕はそのMVを注文した。手元に届いた数日後、編集者からミレーヌ・ファルメールの“En Concert”という、中古の輸入盤2枚組のCDを進呈された。歌から聴くべきだろうか、と思いつつ、2枚組のCDの1枚目を聴いてみた。頭の隅で自覚していた、自分の判断は確かに間違っていた。MVを先に見るべきだった。
・ミレーヌ・ファルメール『En Concert』(アルバム/1989)
・ミレーヌ・ファルメール ミュージック・ビデオ オールクリップ(1999 - 2020)

(『図書』岩波書店/2021年5月号掲載)

こちらからお読みいただけます

 彼女の本名はイマニー(Imany)ではなくナディアだ。フランス統治下のコモロ諸島出身の10人家族のひとりだということだが、彼女自身はパリで生まれた。19歳でニューヨークでモデルとして頂点に立ったが、20歳を過ぎた頃にパリへ戻った。音楽での実績はないに等しい状態だったが、数多くのプロモーターやブッキング・エージェントたちとの交渉を重ね、多くの歌手たちの前座に出るようになり、次第に人気を得た彼女は一流の店で歌うようになった。そして2010年に最初のCD『こころの歌』をパリで録音することになった。写真から僕が連想したのは、ややかん高い声で最後のほうになると絶叫するのではないか、というようなことだった。彼女の歌声は、僕の想像をあらゆる方向で超えていた。
・イマニー『こころの歌』(デビューアルバム/2011)

(『図書』岩波書店/2021年6月号掲載)

こちらからお読みいただけます

 森昌子さんの5枚組箱入りのCDを購入した。オリジナル・ヒット曲は最初の一枚だけで、あとの4枚はカヴァーだ。森さんの歌は断片的に耳に届いていた時期はあったのだが、ひとつの歌を最初から最後まで、きちんと聴いたことはなかった。『長崎は今日も雨だった』『港が見える丘』『星影の小径』『白い花の咲く頃』……歌のうまい女性の歌で、こうした曲を聴いてみたくならないだろうか。僕がたとえば森昌子さんのCDに求めているのは、懐メロなのだろうか。CDからの歌声が伝えてくれるのは、その歌を初めて聴いたときに自分が下した「この歌は好きだ」という判断と、時間が経過しても揺らがないまま存在するその判断だ。
・森昌子「長崎は今日も雨だった」
『森昌子 歌ひとすじ』(CD5枚組/2011)

(『図書』岩波書店/2021年7月号掲載)

こちらからお読みいただけます

 藤圭子さんの箱入りも、CDの5枚組だった。その中で僕が聴いたカヴァーは16曲になった。森昌子さんの場合と同じく、藤さんも歌のうまい女性だ。『君恋し』『柳ケ瀬ブルース』『アカシアの雨がやむとき』などのカヴァーを僕は聴いていった。いずれも古い歌だが、時間が経過しているがゆえの懐かしさの感情は僕にはない。僕はこれらの歌を、良く出来たフィクションとして受けとめている。良く出来たフィクションは、時間などたやすく越えることが出来る。したがってどの歌も新しい。歌詞のなかの言葉に脈絡はほとんどない。その部分の音譜がどの高さや長さなのかを、歌声という音声で知らせる、記号のような指標としてとらえればいいのではないか。
・藤圭子「君恋し」
・藤 圭子『艶・怨・演歌』(CD5枚組/2011)

(『図書』岩波書店/2021年8月号掲載)

こちらからお読みいただけます

 フランス・ギャルがフィリップスで出した1964年の最初のLPから、最後のものとなった1968年のLPまで、5枚のLPが紙ジャケット入りのCDとして復刻された。1964年で計算すると、いまから57年前の音楽だ。状況の重なり合いがデビューにつながったのではなく、才能のある人のもとに人材が集まっていき、やがて彼らの中から、デビューにふさわしい音楽が生まれていった、という物語に僕は惹かれる。『テイク・ファイヴ』と同じ4分の5拍子の歌が、この最初のLPの中にあるではないか。1963年のデビュー曲も、そして日本で最初のシングル盤となった『審判のテーマ』も、このLPのなかにある。
・フランス・ギャル「審判のテーマ」(1964)
・フランス・ギャル「ジャズ・ア・ゴー・ゴー」(1965)
・フランス・ギャル『Mes premieres vraies vacances』(アルバム/1964)

(『図書』岩波書店/2021年9月号掲載)

こちらからお読みいただけます

 フィリップスから市販されたフランス・ギャルの5枚のアルバムのうち、最初からの3枚を続けて聴いてみた。1枚目の作品では4分の5拍子のジャズ曲である「パンス・ア・モア」が一番いい。このような曲に彼女の声そして歌い方は、もっとも向いているように僕は感じた。2枚目の作品には「夢見るシャンソン人形」が収録してある。この曲は僕でも知っている。ただ、それがいつのことだか、まるでわからない。「涙のシャンソン日記」という歌があり、この歌も当時の日本で流行したことも、僕は思い出した。3枚目のCDにこの歌は収録してある。セルジュ・ゲンズブールの作詩と作曲だ。あの頃のパリにあったいろんな才能を、フランス・ギャルのLPはふんだんに使っている。
・フランス・ギャル「パンス・ア・モア」(1966)
・フランス・ギャル「夢みるシャンソン人形」(1965)[フランス語版] [日本語版]
・フランス・ギャル「涙のシャンソン日記」(1965)
・フランス・ギャル『Baby Pop』(アルバム/1966)

(『図書』岩波書店/2021年10月号掲載)

こちらからお読みいただけます

 フランス・ギャルのフィリップスにおけるLPの最後となった5枚目は『1968』という題名で、1968年の1月に発売された。1968年といわれても、そのとき日本はどんなだったか、例によって何もわからない。ハレンチ。ずっこける。サイケデリック。ゲバルト。ノンポリ。こんな日本だったという。復刻された5枚を聴き終えた今しきりに思うのは、シングル盤のほうが良かったかな、というないものねだりだ。1963年の最初のシングル盤から1968年いっぱいまで、市販されたシングル盤を時間順に復刻する。3枚組のCDという形で間に合うだろう。これを順番に聞いたほうが、フランス・ギャルはより良くわかるのではないか。5年という時間はもはやここにしかない。
・フランス・ギャル『1968』(アルバム/1968)

(『図書』岩波書店/2021年11月号掲載)

こちらからお読みいただけます

2024年6月28日 00:00 | 電子化計画

このエントリーをはてなブックマークに追加