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僕が一度だけ見たUFO

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 僕はこれまでに一度だけUFOを見ている。あれはUFOだった、としか言いようのない体験なので、僕はUFOを見たと、自分で勝手にきめている。それがUFOであったことに、僕は直感的な確信を持っている。僕が見たのはもっともポピュラーなタイプのUFO、つまり光のUFOだった。

 一昨年の二月なかば、夜中の一時過ぎに、その当時滞在していた家の居間のガラス戸を開いて、僕は夜の庭を見ていた。空気は冷たく夜は静かであり、僕はいい気分だった。明かりがひとつだけ灯っていたかなり広いその庭のあちこちを、僕は見るともなく見ていた。

 すると、ある瞬間、その家の屋根を越えて庭の上空へ、たいへんに明るい黄色の光の小さな塊が、音もなくすうっと、美しく滑らかに飛んで来た。庭を見ていた僕の視線は、やや伏せた視線だった。その僕の視界の上方周辺に、僕の視覚はその光をまずとらえた。

 周辺視界の外周にその明るい光が見えた瞬間、僕が思ったのは、なにかの明かりの束、たとえば点灯した懐中電灯を何本か束ねたようなものを、誰かが家の反対側から屋根越しに投げた、という判断だった。いま思うとすこし気まりわるいような、きわめて日常的で陳腐な反応をとっさに僕は自分自身に対して、見せたのだ。

 こんな時間に誰がなにをしているのだろうかと思いながら、僕は視線を庭からその上にある夜の空へ上げていった。僕の視線の角度が夜の空にむけて上がっていくあいだ、その明るい光の塊は、庭の上空をむこうへむけてまっすぐに、滑らかに、なんの無理もなく、一定の速度で飛んでいくことを続けていた。

 僕の視線の角度が充分に夜空にむけて上がり、飛んでいくその光の塊に視線が合い、焦点がきっちりとロックした瞬間、それまで飛んでいたその光は、ぱっと消えてしまった。空中で、完璧に、それはかき消えた。

 その家は、コンクリート建ての、相当に大きな建物だ。公民館とまちがえた人もいるほどのサイズの、二階建てだ。僕がとっさに想像したように、家の反対側からなにか光を発するものを人が屋根を越えて投げることは、まず不可能だ。僕のとっさの反応はじつにつまらない反応でしかなく、本当はその光はUFOだった。

 要点だけを簡単に書いておこう。そのUFOは、人間の想像などはるかに絶して、きわめて高密度に光が凝縮されたものだ。あまりにも高密度に凝縮されているため、それはすでに生命と知性の中間のような存在になっている。そして信じがたいさまざまな能力を持ち、たとえば僕の視線を感知してその瞬間に消えてしまうことなど、簡単に出来る。そしてその光には、光源がない。太陽のようになにかが燃えて発生する熱い光ではなく、一種の冷光だ。

 光が高密度に凝縮されていく場所が宇宙のどこかにあり、出来るはじからすこしずつちぎれ、どこかへ飛んでいく。飛んでいってなにをするというわけでもない。さまざまな能力を持ってはいるけれど、ただ光として飛んで遊んでいるだけだ。

底本:『アール・グレイから始まる日』角川文庫 1991年


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2016年6月24日 05:30
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