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おいしかった二杯の紅茶

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 僕がこれまでに日本で飲んだ紅茶のなかで、おいしさをいまでもはっきりと記憶している紅茶は、二杯しかない。一杯は植草甚一さんの自宅で出していただいた紅茶、そしてもう一杯は、横溝正史さんの軽井沢の別荘で出していただいた紅茶だ。日本で飲んだ紅茶のうち、おいしさで記憶している紅茶はこの二杯だけだ、とくりかえして僕は強調しておきたい。

 一杯の紅茶をおいしくいれるのは、思いのほか難しい。あるいは、一杯の紅茶をおいしく人に飲んでもらうのは、たいへんに難しい。適切にして微妙な加減の重なり合いが、一杯のおいしい紅茶を作る。飲むときの状況や、飲む人の状態なども、複雑に関係してくるからなお難しい。

 植草さんの自宅に頻繁にうかがっていた時期がかつてあり、その頃のある日、午後、ひとりでうかがった僕に、奥さまが紅茶をいれてくださった。空間のなかば以上が本によって占められている書斎で、植草さんの話をうかがいながら、僕はその紅茶を飲んだ。特別なものでもなんでもない、ごくあたりまえの紅茶だったが、じつにおいしかった。あのようなおいしさは、滅多に体験出来るものではないと僕は思う。

 横溝さんの別荘を訪ねたときは、FM局の番組に横溝さんのインタヴューが必要だった。インタヴューアーの僕は、関係者数人とともに、ある夏の日の午後、上野から電車に乗って出むいた。よく晴れた夏の日、さわやかな風の吹く林のなかにあった静かな別荘の居間で、僕たちは紅茶をごちそうになった。このときの紅茶も、奥さんがいれてくださった。植草さんの場合とおなじく、ごく普通の紅茶なのだが、素晴らしくおいしかった。同行した女性たちもそう言っていた。

 植草さんの奥さまや横溝さんの奥さまが属している世代の人たちが、ほんとに自分のものとして身につけて持っている、ものごとの微妙で適切な案配、判断、加減などの能力が、紅茶のおいしさを作り出していたのではないかと、いま僕は確信を持って思う。そのような本能的と言っていい能力に、年季、つまり雑念のなさが重なり、紅茶は完璧なおいしさとなった。

 そして当時の僕は、ありとあらゆる雑用的な仕事が僕をめがけて降ってくる、といった多忙な日々のなかにあった。植草さんや横溝さんに会う時間は、多忙さのなかにすこしだけぽっかりと空いた救いの時間であり、その時間のなかで、一杯の紅茶は僕をこの上なく慰めてくれた。どちらのときも、僕は二杯めをお願いした。このことはたいへんな正解だったのだと、いまでも僕はひそかに自慢に思っている。

底本:『アール・グレイから始まる日』角川文庫 1991年


1991年 『アール・グレイから始まる日』 カフェ 植草甚一 横溝正史 紅茶
2015年10月23日 05:30
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