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避暑地

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 真夏の、たいへんに暑い日曜日の午後、ひとりで都心の部屋にいた。暑い、暑い、と言っていたら、女性の友だちから電話がかかってきた。高原の避暑地で三日間を快適にすごしたいという気持はないか、と彼女はぼくにきいた。

 彼女は、素敵な女性だ。声も、涼しい張りがあって、美しい。その彼女から、高原の避暑地とか三日間とか、快適にすごす、とかの言葉を聞かされてたちまちその気になってしまったぼくは、もちろんそのような気持は大いにある、とこたえた。

 いったいどうすればこの暑い東京を抜け出し、高原の避暑地でわずか三日間といえども快適にすごすことができるのか、ぼくは彼女にたずねた。

 彼女のこたえは、簡単だった。

「私のかわりに、いってくれればいいの」

 と、彼女は言った。

 ぼくは、くわしい話をきいてみた。彼女を含めて、彼女の女性の友人たち四人が、高原の避暑地で三日間を快適にすごす計画を立てていたのだそうだ。高原の美しいリゾート・ホテルにツイン・ベッドの部屋をふたつ、つづき部屋で予約し、あとはもう出かけていけばいいだけになっていたのだが、まずひと組の女性がのっぴきならない事情でいけなくなり、自分も、そしてさらにもうひとりの女性も、いけなくなってしまったと彼女は事情を説明してくれた。せっかく苦労してプランを立て、予約した部屋だから、いけなくなったからといってキャンセルしてしまうのは口惜しいし、気持のうえでもったいない。自分たち四人にかわってそのホテルですごしてくれる人をいまさがしているのだが、あなたはいく気があるかと彼女は言うのだ。つづき部屋というのは、となりあわせにあるツイン・ベッドの部屋ふたつがひとつのドアでつながっていて、自由に往き来できる部屋、という意味なのだった。

 男性の仲間三人をこれからぼくがつのって合計四名とし、その四人で高原へいくことをとっさに思いついた。ぼくは、そのとおりを彼女に伝えた。高原のリゾート・ホテルに予約してあるツイン・ベッドの部屋ふたつを、ぼくは彼女のかわりにひきうけることになった。

 男性の友人たち何人かに電話をし、高原の避暑地へいくことをぼくは誘った。暑い真夏なのにみんな働き者で、いきなり三日間も休みはとれない、と誰もが言った。結局、ひとりだけみつかり、彼とふたりでぼくは高原へいくことにした。ツイン・ベッドの部屋ふたつを、ふたりの男性がひとりずつ使うなんてつまらないが、現地で素晴らしい出来事があるもしれないという可能性に、ぼくたちは期待をかけた。

 ぼくと友人は、ふたりでそれぞれに自動車を走らせ、高原へむかった。暑いけれども天気がよく、ウィーク・デイだったので道路は混んでいず、高原にむけて走っていくということだけでも充分に快適だった。

 高原につくと、そこはやはり素晴らしかった。リゾート・ホテルは美しく、部屋は男性ふたりだけで来てしまったことがほんとうに残念に思えるほどの、洒落たきれいなつくりの部屋だった。

 最初の日は、ついたときがすでに夕方だったから、男ふたりではあるけれどさしむかいでゆっくり夕食をとり、バーで食後の酒を飲みながら、いろんなことを楽しく語り合った。部屋にひとりずつになってからは、本を読んで静かな時間をすごした。

 明くる日も、気持のいい快晴だった。朝食をおえたぼくと友人とは、ホテルのテニス・コートへいった。午前中はテニスをやることにし、若い女性のグループに加えてもらってダブルスをやったりして、楽しんだ。

 お昼になってコートをひき、部屋でシャワーを浴びてロビーへ降りていくと、おどろいたことに、この高原のホテルの部屋ふたつをぼくたちにゆずり渡してくれた女性が、女性の友人ひとりをつれて、フロントにいたのだ。もうひと組の女性ふたりはやはり来ることができなかったが、自分たちはなんとか時間の都合をつけ、東京から車をとばしてやって来たのだという。

 男性ふたりに美しい女性ふたりが予期せずくわわり、たちまちにしてそれまでの何倍も楽しい四人組に変化した。ふたつある部屋のうちひとつを彼女たちにあけ渡し、テニス、プール、ドライヴ、散歩、木陰のテラスでの雑談と、楽しく時間をすごした。

 最初の夜は、なにごともなかった。そして、彼女たちが加わってからの二日目の夜、食後のバーで、もっとも重要なテーマが、彼女たちふたりのほうから提出された。せっかくこうして男女ふたりずつ四人いるのだから、男と女のカップルふた組になるべきだ、と彼女たちは言いはじめた。ぼくたち男性にとってはまったく異存のない、ごく自然であたりまえでしかも健康的な意見だから、ぼくたちは彼女たちのその意見に賛成した。いっさいまかせるから好きにしてくれと言い、さらにバーで時間をすごし、やがて部屋へもどった。

 ぼくたち男性の部屋で四人はしばらく話をした。そして、話がひと区切りつくと、ぼくに最初に電話をくれた女性ではないほうの、もうひとりの女性が、ぼくの友人の手をとって立ちあがり、彼の手をひき、壁のドアからとなりの部屋へ消えた。

 彼の手をひっぱって堂々と歩いていく彼女のうしろで、ふとぼくたちをふりかえった友人は、困ったようなうれしいような照れたような、しかしそれほど複雑でもない微笑をうかべ、ぼくを見た。このときの彼の微笑を、夏になると、ぼくはときどき思い出す。

底本:『すでに遥か彼方』角川文庫 1985年

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1985年 『すでに遙か彼方』 ホテル 彼女
2016年8月7日 05:30
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