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遙かなる同時代

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 近所に住んでいたからおたがいにずっと以前から知っていて、僕のことをヨシオちゃんと呼んでいた年上の美人たちとは、いったいなになのか。いまの僕に確信を持って言えるのは、彼女たちは僕にとって同時代であったということだ。

 たとえばひとりの彼女が五歳年上だった事実を、僕よりも五年も前方へすでに到達しているというとらえかたに置き換えると、僕よりも五年も先んじて彼女がとらえている時代を、その彼女を経由して僕も受けとめるという、等記号で結ばれたひとつの方程式が成立した。

 彼女とふたりでいると、どこであれいつであれ、そこがじつにしっくりと、同時代という居場所となった。なんの不足もない状態が、そこにはあった。きれいなゆったりとしたワルツのような居場所だった。

 きれいなとは、センティメンタルな、と言い換えることが出来る。そして、ゆったりしたとは、ユーモアのある、というような言いかたにしてもいい。彼女と僕がふたりだけでいるとき、そこは世のなかとはほぼ無関係な静けさのなかにあった。彼女とともにいる場所は、きわめて円満な休息感の漂う、感傷の場所だった。

 自分たちがなにか大きな支配律の内部にいることを、前提としてすんなりと受けとめていることによって、そのような感傷の場所は成立していたと僕は思う。感傷とは、今日という1日の受けとめかただ。陽が照ればその陽ざしのなかで彼女は美しく、雨が降ればその雨に彼女は良く似合った。

 彼女のこのようなありかたは、彼女のおそらくは最大の特性であった楽天性の、基礎を構成していたのだといまの僕は思う。単なる脳天気なら僕にもかなりのところまで自信はあるが、彼女たちが持っていたあれほどまでの楽天性には、およびもつかない。と言うよりも、それは僕にはない別世界だった。そしてこのことは、彼女たちの体が女性の体であったことと、けっして無関係ではなかったはずだ。女性の体に宿る楽天性とは、気持ち良さや快感などを、自分の体の内部で最高度にまで引き出す才能のことだ。

 ユーモアとは、まっすぐであることだ、と言っていい。ものの考えかたやものごとの認識のしかたから、人を見る目にいたるまで、いつでもどこでもどのようなときにも、彼女たちはまっすぐだった。そのようなまっすぐさは、ユーモアへと傾いた気持ちを、かならずや生み出す。

 ユーモアの欠如とは、なにごとに関してであれ、視線がまっすぐではないことだ、と断定していい。ユーモアのない人たちの最大の特徴は、視線がまっすぐではなく捩じれていることだ。捩じれている視線とは、もっともしばしばある例としては、自己中心的だということだ。常に自己が基準になる。だからそれを越えたすべての出来事には、ニヒリズムで対処するほかない。

 美しい彼女たちと向き合った記憶が、僕にはほとんどない。向き合えば彼女たちは文句なしの美人であり、圧倒されるほかない。それゆえに、向き合った記憶は僕のなかから消えているのかもしれない。おなじ方向を向いて並列であった記憶は、たくさんある。

 ビリヤードでひとつの台といくつもの玉を共有する関係は、そのような記憶の典型だ。肩をならべて歩く、あるいはならんですわるというような位置関係は、基本的な構図だ。映画館の座席で隣どうしにすわるのは、時代の必然だった。

 たとえば喫茶店で、僕と彼女は、ならんですわるのを基本型としていた。僕のすぐかたわらで高々と組まれた彼女の脚は、成熟に向けて密度を高めつつあった女性の体と言うよりも、同時代という時代性そのものだった。

底本:『坊やはこうして作家になる』水魚書房 2000年

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1950年代 2000年 『坊やはこうして作家になる』 ビリヤード 彼女
2016年7月20日 05:30
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