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デリア・エフロンの二冊の本が描く、アメリカの子供の世界

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 デリア・エフロンの二冊目が出た。今度のタイトルは『ティーンエイジ・ロマンス』という。アメリカでは一九八二年九月に書店にならんだのだが、ぼくは十一月になってから東京で手に入れた。

 デリア・エフロンの一冊目である『まるで子供のような食べかた』が出たのは、一九七七年だった。書評はどれもみな大好評で、読者たちにも大いに好まれ、ベストセラーになった。

 いかにもアメリカの子供らしい言動を日常生活のさまざまなエリアのなかからみつけ出してきて、気のきいたみじかい文章でまとめていったのが、『まるで子供のような食べかた』だった。

 いまは大人になっている人たちもかつては子供だったわけで、その子供のころのことを思い出しながら読んでいくと、デリア・エフロンの気のきいた短文のひとつひとつがどれもみな我が身にも覚えのあることばかりで、なつかしさを感じつつその子供っぽさをいまは大人である自分の位置から距離をとってながめなおし、笑っていくという、大人たちにとっての上等なユーモア・ブックだった。

 子供っぽい言動はさまざまにあるのだが、そのなかでも子供っぽさがもっとも顕著にあらわれてくるのは、ものの食べかただ。だから、子供っぽさのコレクションであるデリア・エフロンの第一作目のタイトルは『まるで子供のような食べかた』となったのだろう。

 本ぜんたいは、いくつかの章に分かれている。「子供っぽいテレビのみかた」「学校での子供っぽい言動」「子供っぽい待ちかた」「電話の子供っぽいかけかた」など、いろいろあり、そのいちばんはじめが、「子供っぽい食べかた」の章だった。その、「子供っぽい食べかた」のいちばんはじめは、ピーズの食べかただ。日本でいうところのグリーン・ピースだが、どんなふうに食べればアメリカの子供のようになるかというと、まず、フォークの背の部分でピーズのひとつひとつを皿にむけて強く押しつけ、平らにつぶしてしまう。できるだけ薄く平らにつぶしておき、フォークのプロングを押しつけ、平らにのばしたピーズを皿からはがしとる。薄くのばしたピーズをこうしてはぎとり、プロングをうえにむけ、フォークを立てて握る。そしてプロングの背面にへばりついているピーズを、舌のさきでなめるようにして食べる。

 こういう食べかたをすると、まさにアメリカの子供だ。いたずら心に満ちた、創造的な食べかただと言ってもいい。子供のいたずらは、基本的にはたいへんに創造的な行為なのだから。

 ピーズの食べかたの次には、マッシュド・ポテトの、子供っぽい食べかたが描いてあった。皿に盛ってあるマッシュド・ポテトを、整地するように平らにならす。そして、そこに、小さな穴をいくつかつくる。穴のうちのいくつかにグレイヴィーを満たし、フォークのさきで、穴から穴へ、溝を引く。溝のなかをグレイヴィーが流れていくのをながめ、ピーズを溝に沿ってならべたりして遊び、最終的にはすこしも食べずにそのまま残す。こういうのも、いかにもアメリカの子供がやりそうなことだ。

 マッシュド・ポテトの食べかたとしては、オルタナティヴとしてもうひとつ、次のような食べかたがあげてあった。マッシュド・ポテトの山のまんなかに、大きく穴をつくる。この穴にケチャップを注ぎこみ、フォークでかきまぜながらすこしずつ広げていく。ポテトぜんたいにケチャップがまぶさり、マッシュド・ポテトはピンク色のドロドロとなる。こうしておいてから、フォークの背面にすこしずつ付着させては、舌のさきでなめていく。この食ベかたも、なかなか面白い。ぼくがガキのころには、マッシュド・ポテトの山で急傾斜の滑り台をつくり、そのうえからグリーン・ピースを次々に転がして遊ぶ、というのをよくやった。

 アニマル・クラッカーの子供っぽい食べかたというのもあげてある。まず脚を、それから頭、最後に胴体、の順番で食べる。ついでに書いておくと、動物のかたちをしているアニマル・クラッカーは、デイジーのBBガン(空気銃)の標的として最高だった。本棚の本の背にいくつもたてかけてならべておき、部屋のむこうの隅から、かたっぱしから射っていくのだ。命中すると、クラッカーはパッとはじけるように砕け、気分よかった。部屋のなかがクラッカーのかけらだらけになるので、家の外でやることが多かった。家の外なら、そのままにしておいても小鳥が食べてくれた。

「子供っぽい待ちかた」の章のはじめに出ている、ハンバーガーができてくるのを子供っぽく待つには、という項目は傑作だった。デリア・エフロンが描くハンバーガーの子供っぽい待ちかたは、次のようだ。

「ストゥールにすわってカウンターの縁に両手でつかまり、右に左にと、ストゥールをまわす。そしてはずみをつけ、くるっと一回転する。やめろ、と父親が言うまでつづける。やめろ、と言われたらカウンターに両ひじをつき、両手に顎を載せ、ミルク・シェイクをつくる機械をじっと見つめ、自分の家にもこんな機械があったらいいな、と思う。ハンバーガーのパティがグリルに乗るたびに、あれが自分のかな、それともこれかなと、思う。砂糖ディスペンサーのスパウトについている、金属製の小さなフラップを指さきではじき開いたり閉じたりする。カウンターの裏側にガムの嚙みかすがくっついていないかどうか、手でさぐってみる」

 典型的なアメリカの光景だ。おみごと、と言うほかない。パティがグリルのうえで焼けていく香り、カウンターやストゥールの手ざわり、シュガー・ディスペンサーのスパウトについているフラップの音など、あらゆることが全身の記憶としてよみがえってくるようだ。

 アメリカ式の子供っぽさのコレクションの次が、ティーンエイジ・ロマンスであるのは、たいへんに納得できる。デリア・エフロンは何人もの人たちに取材してティーンエイジ・ロマンスの体験談をきき出し、それをこの本の材料として使ったという。

『まるで子供のような食べかた』と『ティーンエイジ・ロマンス』のいずれにも、エドワード・コーレンがカートゥーンをそえている。エドワード・コーレンは、『ニューヨーカー』の常連だ。いつも『ニューヨーカー』を見ている人たちにとっては、見なれたタッチのカートゥーンだ。

 スタンダードなペーパーバックよりひとまわり大きなサイズの、横開きのペーパーバック、という点もぼくは気に入っている。横開きのペーパーバックは、ユーモア本を中心に数年まえから流行している。デリア・エフロンのこの二冊は、内容はもちろん、質感やデザインでも、ぼくは気に入っている。

『ブックストアで待ちあわせ』新潮社 1983年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』太田出版 1995年


1983年 1995年 『ブックストアで待ちあわせ』 『自分を語るアメリカ』 こども アメリカ エッセイ・コレクション デリア・エフロン 片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』
2016年4月24日 05:30
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