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カウボーイ・カントリーを夢に見ながら

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 人は一生のあいだにいろんな場所を体験する。生まれ育ったところ以外の場所は、旅行で体験することが多い。仕事その他の都合で思いもかけなかったところに移り住む場合も、頻繁にある。

 直接の体験以外に、間接的なかたちで、自分の知らない場所を知ることも、しばしばある。紀行文を読んだり、写真や映画を見たりして、自分がまだ知らない土地を間接的に、ほんのすこしだけ、知るのだ。直接の体験は大人になってから多くなるが、間接的な体験は、子供のころにも、そして大人になってからも、おなじようにつづいていくようだ。

 こんなふうにして知るいろんな場所のなかに、多くの人は、自分だけの特別な場所を、ひとつだけみつける。自分にとってはたいへんに気に入った、自分の夢がいろんなかたちでほぼ完璧に満たされるような、理想の土地ないしは場所を、おそかれ早かれ、すくなくともひとつは、持つようになる。

 一度だけしか体験していない場所がそのような理想の場所になることもあるし、何度も体験しているうちにその場所がそのまま自分にとって完璧な場所になることだってあるだろう。しかし、体験してしかるのちその場所が自分の理想の場所になる場合よりも数においてはるかに多いのは、見たこともなければ自分の足で歩いたこともない、まったく見ず知らずの土地が、あるひとつのほんのちょっとしたことをきっかけに、イマジネーションの内部でいつのまにか理想の土地になっていく、という場合ではないだろうか。

 そのような土地は、イマジネーションによって理想的に思い描いたあこがれの土地であると同時に、そのようなイマジネーションの内部にしか存在しない幻想の場所でもある。こうして想像のなかにつくりあげた理想の土地が、現実に存在する土地とうまく一致すれば、その人は、自分だけの特別な場所を現実に手に入れることのできた幸福な人だと言っていい。

『消えていく種族』というタイトルで、現在のアメリカにいまでも存在するカウボーイたちをテーマにした写真集をつくったフォトグラファー、ウイリアム・アルバート・アラードは、そのような幸福な人たちのうちのひとりだ。

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Vanishing Breed,William Albert Allard

1984[amazon日本|英語|Little Brown & Co]

 ウイリアム・アルバート・アラードは、一九三七年にミネアポリスで生まれている。父親がスウェーデンからアメリカに移住してきたあとに生まれた息子だ。幼いウイリアムがもの心つき、少年へと育っていった時代は一九四〇年代の十年間、そして一九五〇年代のはじめだった。

 ミネアポリスで少年として育ちつつあったウイリアム・アルバート・アラードが、理想のあこがれの場所としてイマジネーションのなかに描いたのは、ザ・ウェストつまりアメリカの西部だった。彼にとって西部が理想の土地となったきっかけは、ごく単純な日常的なところにあった。一九四〇年代、そして、一九五〇年代のはじめというと、エンタテインメントは雑誌、本、そしてラジオだった。子供にとっても、それはおなじだった。たとえば、雑誌は、『サタデー・イヴニング・ポスト』が、家のなかにいつもあった。この雑誌は家庭むけの一般大衆誌だったから、毎号の記事やストーリーそして絵は、一般大衆がよろこんでうけとめてくれるようなものが多かった。もっとも頻繁に登場したストーリーは、なんらかのかたちで西部をテーマにしたストーリーだった。

 この『サタデー・イヴニング・ポスト』誌にのった西部のストーリーを読んだりイラストレーションをながめたりしていたアラード少年の心を西部につなぎとめたのは、記事のなかに登場する西部の、小さな田舎町の名前だった。

『消えていく種族』の序文でアラード自身が書いているところによると、スイートウォーターとかビッグホーン、あるいはブロウクン・ボウというような、いかにも西部の小さな町らしい名前の字面や響き、あるいはそのような名前がイマジネーションのなかに呼びおこす幻想の世界に強くひかれるようになったという。このことが大人になってからも尾を引きつづけ、彼と西部とをやがて強く結びつけた。

 ウイリアム・アルバート・アラードは、ミネソタ・スクール・オブ・ファイン・アーツと、ミネソタ大学を卒業した。そして一九六四年に、『ナショナル・ジオグラフィック』誌のスタッフ・フォトグラファーとなった。一九六七年からは、フリーランスのライターおよびフォトグラファーとして活躍し、彼の写真作品は、メトロポリタン・ミュージアム・オブ・アートやライブラリー・オブ・コングレス、そしてニューヨークのロチェスターにあるジョージ・イーストマン・ハウスなどで展示されてきた。一九八〇年には、ポラロイドのSX-70で撮った写真の個展を、マサチューセッツ州ケンブリッジにあるクラレンス・ケネディ・ギャラリーで開いた。この個展は、覚えている人も多いにちがいない。

『ナショナル・ジオグラフィック』誌のスタッフ・フォトグラファーとしてさまざまな仕事をプロフェッショナルにこなしつつ、あらゆるチャンスや口実をみつけては、アラードはアメリカの西部、特にモンタナのカウボーイ・カントリーへ出むいては、現実のカウボーイたちや彼らの仕事ぶり、そしてカウボーイ・カントリーそのものを、写真に撮りつづけてきた。

 彼がはじめて西部のカウボーイ・カントリーに足を踏み入れたのは一九六〇年代のなかばだった。子供のころ、自宅にあった『サタデー・イヴニング・ポスト』誌にのっている西部についてのストーリーを読むことによって、西部は彼にとって理想の土地になっていた。その、想像のうえでの理想の土地をはじめて体験して、アラードは西部のカウボーイ・カントリーのなかへさらに深く引っぱりこまれることになった。

 写真集『消えていく種族』におさめてある百四点のカラー写真のうちの一部分は、『ナショナル・ジオグラフィック』にかつて掲載されたものだ。『消えていく種族』を最初に手にしたとき、どこかで見たことのあるタッチの写真だとぼくは思ったが、『ナショナル・ジオグラフィック』で見たのだ。

 何年にもわたって、アラードがいろんな出版物のために撮ってきたカウボーイ・カントリーの写真のなかからアラード自身が百四点を選び出し、ところどころにみじかい文章をつけて成立したのが、この美しい写真集『消えていく種族』だ。カウボーイやザ・ウエストをテーマにした写真集はすでに多いが、これは必見の一冊だ。

 本物のカウボーイの数は、どんどんすくなくなりつつある。アメリカン・インディアンたちが、インディアン・レザヴェーションという特別に指定された居留地のなかへ追いこまれ、囲いこまれてしまったのとおなじように、カウボーイもやがてはカウボーイ居留地に囲いこまれた過去の遺物になるのではないかと冗談めかして言うランチャー(牧場経営者)がいるが、西部開拓時代とまったくかわらない生活をいまでも送っている本物のカウボーイが少数ながら存在することはたしかだ。

 カウボーイとしての就職口はいつでも年間二千件くらいはあるそうだ。しかし、ワーキング・カウボーイを求めている人は、カウボーイとしての技術を完璧に身につけ、馬や牛の考え方が自分も馬や牛になってしまったのとおなじようによくわかる優秀なカウボーイを求めているわけだから、本物のカウボーイの補給はなかなかつかない。

 牧場経営のなかにも機械や自動車がいろんなかたちですでに大きく入りこんでいる。それによって生身のカウボーイが仕事をうばわれていることもたしかだが、ある年老いたひとりのカウボーイは、「生身のカウボーイほど徹底した酷使に耐えることができるほどの自動車や機械は、まだどこにもないからね」とアラードに語ったという。

 カウボーイの生活は、このひと言がみごとに言いつくしているとおり、重労働の連続だ。とてつもなく広くて大きい大自然のなかで、いつも牛や馬を相手にほこりまみれ汗まみれになって体を張りとおす、ちょっと信じられないほどにスパルタンな毎日が、つづいていく。食用肉となる牛を育てて売るのが仕事だから、カウボーイ・カントリーという広い自然のなかでそれをやっているかぎり、生活の基本的な部分は、百年前も現在も、たいして変わらない。

 ウイリアム・アルバート・アラードの撮った百四点のカラー写真を見ていくと、本物のカウボーイの現実の姿というものは、たしかに伝わってくる。カウボーイ・カントリーの広さや大きさがまず素晴らしい。そして、その広く大きい自然を支える単純だが力強い原理のようなものも、侵しがたい威厳を持って、カラー・プレートのなかにとらえてある。その、広く大きい大自然の片隅に、放牧されている牛の群れがいる。そして、その牛のそばに、ひとり、ふたりと、馬にまたがったカウボーイがついている。

 カウボーイ・カントリー、牛、そしてカウボーイの、三者の関係をアラードは正しくとらえ、美しい写真作品に仕上げている。この関係のとらえかたをまちがえたり、とらえかたがゆがんでいたりすると、つまらない写真、あるいは正しくない写真になるにちがいない。

 三者の関係をまずはじめに数点の写真で正しくとらえた次に、アラードは、カウボーイのディテールそしてカウボーイの生活のディテールへと入っていく。

 夜、テントを張って焚火を囲んでいるカウボーイたちの写真が素晴らしい。おなじような趣向の写真は過去に何枚も撮られてきたが、これほどに正しくて美しい写真はめったにないと、ぼくは思う。カウボーイとはなにかということが、はっきりとわかる。アラードの目と腕は、たしかだ。西部やカウボーイを見る目が正しすぎ腕がたしかすぎるから、写真のほとんどすべてが、しっとりとした味わいをたたえた静かなできばえのものとなっている。時間をかけてじっくりと見ていくための写真だと言っていい。

 北アメリカ大陸のパイオニア伝説をいまでもにない、さまざまにイメージ化されたり美化されてきたアメリカのカウボーイは、もとはメキシコのものだ。メキシコに古くから存在した牧童であるヴァケーロが、カウボーイとしての数多くの知恵や技術をすでに完成して持っていて、それが北アメリカにとりこまれ現在につづくカウボーイとなった。このカウボーイの歴史に敬意を表して、アラードは写真集の冒頭でメキシコ系のカウボーイたちをポートレートふうにとらえて紹介している。美化されたカウボーイとはずいぶんちがうけれども、大自然と牛と馬だけの生活をしている本物は、このような面構えと雰囲気を持った静かな男たちなのだ。

 カウボーイと酒場との関係をとらえた写真が、いくつかつづく。よけいなものをすっぱりと削り落としたリアリティを、情緒や優しさをほどよく配合しつつ、アラードは撮っている。カウボーイ・カントリーと牛とカウボーイの、三者の関係をとらえた彼の写真が正しく美しいのと同様に、カウボーイと酒場の関係をとらえた写真も正しく美しい。

 酒場の写真のあとには、ブランディングやロディオの写真が配列してある。そしてそのあとは、ポエティックな点景がいくつかつづき、カウボーイ・カントリーのなかに立つひとりの少年の姿をとらえた写真で終わっている。

 ウイリアム・アルバート・アラードがこうしてカウボーイ・カントリーやカウボーイを撮りつづけてきた営為は、カウボーイや西部というものに対する恋愛関係だったと言っていい。

 子供のころにひろい読みした雑誌のなかのストーリーから西部のイメージを自分のなかでふくらませ、そのイメージにアラードは恋をした。大人になってから現実に体験した西部は、自分のイメージの内部にあった恋愛感情に似た理想の西部を、さらに増幅してくれるほどの素晴らしいものだった。そして、その西部へかよいつめて写真を撮るときのアラードは、ある意味では自らカウボーイになっていくプロセスをたどっていたのだと言っていい。

 自分が手に入れたひとつの特別の場所である西部との、長い年月にわたるとてもいい恋愛関係のなかから、アラードは一冊の美しいドキュメントをつくった。そしてそのドキュメントを構成している百四点の写真に共通しているのは、やさしく静かな惜別の感情だ。アラードは、この一冊をつくることによって、カウボーイに別れを告げている。

 西部劇にもよく登場した昔の西部の町トゥームストーンから最後の駅馬車が出たのは一九〇六年の六月三十日だった。このときの駅馬車に御者として乗っていたというカウボーイにアラードが会ったとき、そのカウボーイは九十一歳だった。時間の流れのなかで、西部とカウボーイは、すこしずつ消えていく。ついさっきまで目の前にあったのに、ふと目をそらしてまた見ると、それはもうないのだ。

初出:『ポパイ』1983年8月25日号
(「アメリカの消えゆく種族カウボーイとの恋愛関係から生まれた1冊の本。」のタイトルで掲載。1985年改題)
『紙のプールで泳ぐ』新潮社 1985年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『なぜ写真集が好きか』太田出版 1995年
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今日の一冊|荒馬に逢いたい

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北米大陸の自然と、そこに現れた人間の初期の係わり、その名残りを描く初期作品群『ロンサム・カウボーイ』のモチーフが馬という野生とともに鮮やかに浮かび上がった一編。

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2017年2月7日 06:00
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