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日本語のお勉強

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 ぼくのアメリカ人の友だちのひとりが、いま日本語を勉強している。ときたまぼくが辞書がわりになったり、先生役をつとめたりする。日本語を外国語として勉強している人の、その勉強ぶりを目のあたりに見るのは、きわめて面白い体験だ。

 そのアメリカ人の友人は、たとえば日本語の漢字をおぼえるとき、非常に複雑な線図形であるさまざまな漢字のなかに、どの漢字にも等しく共通する基本的な最小単位をまず論理的に見つけ出そうとする。

 彼にとっては、たとえば、「口」という漢字など、まさに格好の最小単位だった。くち、ということの簡単な漢字を、彼は英語でマウスとおぼえると同時に、ワン・ブロック(四角な区画ひとつ)として認識する。

 「ロ」が、ワン・ブロック。その次のトゥー・ブロックス(四角な区画がふたつ)は、「日」という漢字だった。

 そして、「月」はムーンであるが、これが彼によれば、「トゥー・ブロックス・ウィズ・ワン・アンフィニッシュド・ブロック」となるのだった。「四角い区画ふたつに、まだはっきり区画されていないところがひとつ」という意味だ。月、という字は、そんなふうに思ってながめるなら、たしかにそのとおりに見える。

 さて、次のスリー・ブロックスだが、これは「目」であった。そしてフォー・ブロックスは「田」だ。どちらの漢字も、三つおよび四つの四角から構成されている。

 ファイブ・ブロックス、シックス・ブロックス、セブン・ブロックス、エイト・ブロックス、と本来ならつづくわけだが、漢字にそんなのはない。ただ、「用」という字が、「フォー・ブロックス・ウィズ・トゥー・アンフィニッシュド・ブロックス」になる。

 そして、ナイン・ブロックス。これは、「囲」という字であった。周囲の「囲」の字を、たとえばぼくのような一種のカナクギ流で書くと、大きなひとつの四角が内部で九つに区分けされているように見えるではないか。

 こうして、ワン・ブロックという最小単位 を土台として、「口」「日」「月」「目」「田」「用」「囲」と、パターン認識の応用みたいなかたちで彼は漢字をおぼえていくのだが、その彼にとってどうにも納得できないのは、「口」「日」「月」「目」「田」「用」「囲」の七つの漢字の相互間に、 なんの論理的な関連もない、ということだ。ワン・ブロックがトゥー・ブロックスに増えれば、「ロ」と「日」とのあいだには、意味のうえにおいてもなんらかの論理的なつながりがあるべきだと考えるのが、彼の、というよりも、アメリカふうな、あるいは、外国ふうな、考え方だ。

 しかし、「ロ」も「日」も、象形文字であり、ごく単純にデザイン化された絵であるから、それぞれいちばん外の枠が、口や日の輪郭を示しているにすぎない。

 こういった、象形としての論理は、説明してあげると、だいたいのみこめる。しかし、「日」のうえにダッシュをひとつつけて、なぜこれがホワイト(白)になるのか、「白」はいったいなんの象形なのかとききかえされると、ぼくはお手あげになってしまう。 ぼくがお手あげになると彼はよろこび、「石」はワン・ブロックのうえにルーフ (屋根)がある、これはなぜか、などときいてよこす。「見」は「目」にレッグス(脚)が二本ついているが、象形の論理によれば「目」がものを「見る」ときには、脚を生やして歩きまわるのか、などとも言い、いつのまにか冗談のようなやりとりになってしまう。

底本:『コーヒーもう一杯』角川文庫 1980年

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1980年 『コーヒーもう一杯』 日本語 漢字 言葉
2016年11月26日 05:30
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