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アップル・サイダーと彼女

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 アメリカの農業地帯に入りこんでいることは、数日まえからわかっていた。夜のモーテルで見るテレビに、たとえば肥料のコマーシャルが多くなっていたし、昼間、ハイウェイを走るときには、農作業用のトラクターやコンバインをつんだトラックと、ひんぱんにすれちがった。トラックは、古い年式のものが多かった。質実剛健なアメリカのファーマーたちは、どんな機械でも、修理に修理をかさね、なだめすかし、悪態をつき、徹底的に使いこむ。

 アップル・カントリーにさしかかった日の朝、広大な田園地帯を抜けていくステート・ハイウェイでおいしいアップル・サイダーを飲んだ。小さな女のこがひとり、ハイウェイぞいにアップル・サイダーの店を出していた。

 リンゴ箱をふたつ置き、その上に板をわたし、グラスがいくつかと、アップル・サイダーを入れた大きなガラスのボウルが置いてあった。「できたてのアップル・サイダー二杯で五セント」と、ボール紙にクレヨンで書いた看板が、リンゴ箱に立てかけてあった。

 彼女の店のまえに、車をとめた。そばかすが顔いちめんに散った、みじかい鼻がつんと上をむいた、かわいい女のこだった。栗色の髪に、おそい秋の陽が当たっていた。

 一杯ください、と言うと、彼女はボウルからグラスへ、ひしゃくでアップル・サイダーをていねいに注いでくれた。はじめの一杯は、甘さと酸っぱさがほどよくバランスを保っていた。二杯目のは、酸っぱい味が、すこしだけ、強くしてあった。甘いリンゴをすこし多くしてしぼったのが二杯目だ、と彼女は説明してくれた。

 アップル・サイダーは、炭酸飲料ではない。炭酸が入っているものを想像しがちだが、そうではなく、リンゴをしぼって取ったジュースだ。

 リンゴをよく洗い、昔から使っているジュースしぼり機にかけ、できたジュースを布でこしてきれいにしたものを、アップル・サイダーと呼んでいる。

 アップル・ジュースは、スライスしたリンゴを熱湯で煮て、液をしぼり出したものだという。

 サイダーを飲んでいたら、濃紺のフォードのピックアップ・トラックが一台、とまった。麦わらのカウボーイ・ハットをかむった、陽に焼けて精悍な農夫がひとり、降りてきた。彼も、アップル・サイダーを飲んだ。

 しばらく世間話をしてから、彼は少女におカネを払い、ピックアップ・トラックで走り去った。彼のトラックの荷台後部には、「犯罪は割に合わなぃ。農業もそうです」というスティッカーが貼ってあった。彼は、アップル・サイダーを二杯飲み、二十五セント硬貨をひとつ、置いていった。キャンベルのカン詰めスープに入れる米をつくっているという。

 彼にならって、二十五セント硬貨を少女に手渡した。ごく当然のことのように彼女はうけとり、サンキュー、と言った。

 ヴァージニアとテネシーの州境、クリンチ・マウンテンの上空には、まっ白いグライダーが一機、飛んでいた。旋回したり、まっすぐに飛んだりしながら、いつまでも空にうかんでいた。米をつくっている地帯の、典型的な田舎町を、夕陽のころに、走り抜けた。二階建て、せいぜい三階建ての平べッたくて四角い建物がならぶメインストリートを抜けると、早くも再び広大な畑のまんなかだ。

 落日の地平線を背景に、とれた米を貯蔵しておくための巨大なグレイン・エレベーターの塔が、高層ビルの群落のように、そびえていた。夕陽を浴びて、巨大な何本もの塔は、どれもみなまっ赤だった。

 夕陽が地平線のむこうに落ちこんでしまったころ、ハロウィーンのカボチャお化けを見た。夜の影が舞い降りはじめた森の手前に、カントリー・アメリカを絵にかいたような家が一軒、立っていた。木造二階建てで、白く塗ってあり、煙突が赤く、窓枠がグリーンだ。

 正面玄関の階段をあがったポーチの手すりに、ハロウィーンのカボチャお化けがひとつ、乗せてあった。カボチャのなかみをくり抜いて出してしまい、目、鼻、口を切り抜いたものだ。なかにロウソクをともすと、暗いなかで目鼻が光り、可愛くて同時にちょっと怖い。

 ポーチのそばには、樹があった。紅葉した葉が、枝いっぱいについていた。風に、その葉が入ゆれた。ポーチの手すりに、道路に面して置かれたハロウィーンのカボチャは、三角の目と耳まで切れあがった口を夕闇のなかでオレンジ色に輝かせ、風に動く葉のむこうに見えかくれした。

 河の上に、月がのぼった。あと二日くらいで、満月だろう。丸い黄金のディスクは、広い河を静かな金色に染めた。河岸の森や遠い山なみが、さまざまな濃淡のシルエットになった。河を、船がのぼっていった。南アフリカのボーキサイトを積んだ、平底の荷船だ。船の航跡が、後方へ二本、広がっておたがいに距離をつくりつつ、のびていった。

 車のラジオに、音楽がふえはじめた。月がのぼる時間にふさわしい歌が、いくつもたてつづけにかかった。カントリー・ソングだ。渋味のきいた美声のバリトンが、可憐でロマンチックなカントリー・バラッドをうたった。シェナンドア河をテーマにしたワルツが車のなかに満ち、窓から吹きこむ夜風に、旅の情感が濃密にからんだ。

 ラジオは、歌のあいまに、ローカルな情報やトピックを、さかんに流した。ミス・ヴァージニアが奇しくも三人、同時に里帰りしている小さな田舎町のニュース。今年、去年、一昨年と三人のミス・ヴァージニアがおなじ町から選出された。その三人が、同時に里帰りしているという。記念のインフォーマルなパーティが、どこそこの店で開かれていて、どなたも参加ご自由、大歓迎だそうだ。いま走っているカントリー・ロードをまっすぐひた走ればやがてその店のまえをとおるのだと、ロード・マップを見てわかった。

 三人のミス・ヴァージニアは、三人とも、美しかった。トウモロコシとミルクと、そしてアメリカの正義に満ちた楽天主義によって育てられた理想のプロポーションは、店いっぱいの客たちに、ごく自然な愛嬌をふりまいていた。

 夜明けの空が東から白くなってくるころ、再びカントリー・ロードを走りはじめた。ブロイラー農場へ何千匹というヒヨコを運んでいくトラックと、夜明けの淡い霧のなかですれちがった。

底本:『アップル・サイダーと彼女』角川文庫 1979年

今日の1冊

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ときには星の下で眠る|片岡義男

夏のイメージが強い片岡義男の小説にあって、この物語は明確に秋を舞台としている。「時には星の下で眠る」という短編が先行してあり、それが北米大陸を舞台としていたのに対し、こちらは明確に、日本の、高原の秋だ。 「10月の終り、快晴の夜、つづら折れのながい道路を、彼はオートバイであがってきた。峠のてっぺんまでのぼりきると、そこがちょうど標高2000メートルだった」

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2016年10月30日 05:30
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