信号待ち
夏の残り香の最後の部分が、今夜のうちはまだある。しかし、明日になれば、もうどこにも見あたらないのではないか。と、ふと思ったりする、そんな夜だ。
夜は更けていた。午前二時を、すぎている。夜の底の、いちばん低い部分だ。
この時間になると、夏の残り香がすこしでもあるあいだは、時間に粘りのようなものが、できてくる。
そして、その粘りのために、時間の進行していくスピードが、すこしだけだが、おそくなるような気がする。
秋になってしまうと、これがなくなる。夜の時間はさらさらとしていて…
底本:『ターザンが教えてくれた』角川文庫 1982年
関連作品
前の作品へ
次の作品へ