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評論・エッセイ

祖父のポケット・ナイフ

 いまぼくはこのみじかい文章を、お気に入りの原稿用紙に鉛筆で書いている。鉛筆は、いつものステドラーの5Bだ。原稿用紙のすぐわきには、ポケット・ナイフがひとつ、置いてある。このポケット・ナイフについて、ぼくは書こうと思う。
 とても懐かしいポケット・ナイフだ。ぼくがまだ少年時代のはじまりのあたりにいた頃、ぼくのおじいさんがぼくにくれたのだ。いまのぼくはときどき二十代に見まちがえられたりするけれど、少年時代なんてほんとにとっくの昔に、どこかに消えてしまった。おじいさんも、ずっと以前に、この世の人ではなくなっている。

底本:片岡義男エッセイ・コレクション『僕が書いたあの島』太田出版 1995年
『町からはじめて、旅へ』1981角川文庫版所収 「おじいさんのポケットナイフ」改題

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