アイキャッチ画像

制作舞台裏|短編集『ジャックはここで飲んでいる』─“あの頃”の続きの物語を届けたい

Share on LinkedIn
LINEで送る
Pocket

『ジャックはここで飲んでいる』が文藝春秋より2016年5月9日に発売されました。『文學界』掲載の6作品に書き下ろし2編が加わった短編集です。作家の言葉は本としてどのように読者に届けられるのか、制作の舞台裏を伺うスペシャル企画・第4弾は、文藝春秋・文藝出版局の担当編集者・内山夏帆さんにご執筆いただきました。

 

「ソーダはチェリオのメロンソーダ」

片岡さんとはじめてお目にかかったのは、昨年の夏の終わり、経堂のイタリアンレストランでした。「文學界」でお書き頂いた六つの短篇が、どれも「関係性」の物語であるというお話、そしてなぜか、アイスクリームソーダの作り方の話になり、「ソーダはチェリオのメロンソーダがいい、そこにハーゲンダッツのバニラを一つ丸ごと入れる」という片岡さんのお話を聞きながら、ああ、まるで小説のようだ……と痺れるような思いで相槌を打っていたところ、後日頂いた書下ろしのタイトルが、なんと「アイスクリーム・ソーダ」。あの時の会話が、そのまま小説になっている……!

この短篇の最後で、作家、北荻は言います。「現実にあったとおりに書いて短編になるかどうか。なります、と彼女が言ったなら、僕はそのとおりに書いて、それが最新の短編になる。」

これを読んで、私は思わず叫んでしまいました。「なります! なります!」 ……なんと、なってしまったのです。お断りしておきますが、実際の会食は小説のように素敵ではありません。編集者も美女ではありません。ただ、あの時のごく普通の会話が、片岡さんの筆を通して、小説として普遍的な世界に生まれ変わっていたのです。まるで、魔法を見ているようでした。

こんな風にして、小説を書いているんだよ、これをあなた(読者)は、小説と言ってくれるだろうか……? そんな問いかけのような「アイスクリーム・ソーダ」で、この短篇集は始まります。

“続きの物語”を届けたい

2篇目の「ごく普通の恋愛小説」には、とても印象的な一文があります。

「過去が現在へと延長されています。過去はほぼそのまま現在です。あの過去は最高に良かったの。(中略)あの頃はもうないけれど、その続きを生きることは出来ます。それがいま始まってます。現在や未来のなかで、あの過去を壊したくないです」

……この一節を昔から片岡さんの小説が大好きだった人達に読んでほしい。『スローなブギにしてくれ』『彼のオートバイ、彼女の島』に憧れてバイクの免許を取った人達に、その続きの物語を読んでもらいたい。そう思ったとき、あえて、写真を使った装丁にするのはどうか、昔から片岡さんとよくお仕事をされていた、佐藤秀明さんの写真を使わせて頂くのはどうか、と、ご相談をしました。

「いいと思います。佐藤君は20代のころ、60年代のアメリカの写真をカラーで沢山撮っているはずです。」

まだ海外渡航が自由化されたばかりのアメリカはニューヨークに渡り、カメラマンとしての活動をスタートされた佐藤さん。短篇集の原稿を読んでリストアップして下さった写真は、50年前の写真にもかかわらず、昨日撮影されたばかりのように鮮やかで、けれどももう決して戻ることのできない、古き良き幸せな人々の光景が映し出されていました。それらの写真は、現代の日本を舞台にしながら、どこか翻訳小説を読んでいるかのようにソフィスティケイテッドされた片岡さんの文体と、「あの頃はもうないけれど、その続きを生きる」というフレーズにしっくりとなじむような気がしました。

そうこうするうちに、もう一つの書下ろし、「ジャックはここで飲んでいる」の原稿を頂きました。これはもう、身震いが出るほど素敵な作品で、本のタイトルはこれしかない、と思いながら、ほかの作品のタイトル「偉大なるカボチャのワルツ」「ゆくゆくは幸せに暮らす」「なんのために生きるの」と、佐藤さんの写真を組み合わせた装丁案を20パターンほどデザイナーさんに作ってもらい、片岡さんに再度ご相談に伺ったところ、

「これがいいでしょう」

鶴の一声で取り上げられたのが、現在のタイトル、現在の装丁になったというわけです。それはもう、一瞬で決まりました。

当然、この「ジャックはここで飲んでいる」が短篇集のラストを飾るのかと思いきや、ここでも魔法が起きます。最後の最後に頂いた「あとがき」に呼び寄せられるように、ある短い作品が「ジャックはここで飲んでいる」の後、あとがきの前に、そっと置かれることになるのです。その理由は、この本を最後まで読んで頂くと、きっとおわかり頂けるはずです。

ジャックはここで飲んでいるカバー画像
◆ 写真:佐藤秀明 装丁:大久保明子 

作品と人生の美しい航跡

さて、いよいよ本作りの最終段階となる校了のとき。表紙の色刷りをチェックして頂くべく、まずは佐藤秀明さんの携帯にお電話をすると、佐藤さんはお仕事で関西にいらっしゃいました。「色校はおまかせします!」というお返事を頂き、次に片岡さんのお宅にお電話をすると、なんと「京都に行きました」とのこと……! 前の日にはお電話でお話をしていたのに、どうしたことでしょう。

ここで、私の頭にふと、「五月最後の金曜日」が思い浮かびました。もしかして片岡さんは、あの小説のように、フラッと京都にお出かけになったのではないか? そしてもしや、佐藤さんとお会いになって、スマート珈琲店でホットケーキを食べているのではないか……? 案の定、校了が過ぎてから「五月最後の金曜日」にも登場する京都の蕎麦ぼうろが送られてきました。

「書くべきものは常に自分の外にある」とは、片岡さんがよく仰っている言葉ですが、なるほどこのように、小説家は作品を書き、作品のように人生を生き、そしてその人生を作品にするのだという、その美しい航跡を、まざまざと見る思いがしました。『ジャックはここで飲んでいる』は、そんな物語が自分の人生にも生み出される瞬間、そして、その瞬間が過去から現在へと続いていく、物語の「続き」を見せてくれるような作品集です。

文藝春秋|文藝出版局第一文藝部 内山夏帆


片岡義男最新作『ジャックはここで飲んでいる』
内山夏帆さん、おすすめの一冊 『箱根ターンパイクおいてけぼり』
制作舞台裏|本はこうして本になる|vol.1〜vol.3

stories03 |再会は、ひとつの言葉だ。|連作小説集『と、彼女は言った』


stories02 |「私小説」の背後で、レコードは1分間に45回転の速度で回る|書き下ろし新刊『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』ができるまで


stories01|寒い日は、炬燵と蜜柑と片岡義男。|『この冬の私はあの蜜柑だ』刊行記念インタビュー

 


『ジャックはここで飲んでいる』
2016年5月9日 12:05