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人生は引っ越し荷物

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 僕は久しぶりに引っ越しをした。五丁目から二丁目まで、歩いて五分かからない距離の引っ越しだ。五丁目の家にはちょうど二十年、住んだ。五丁目の旧邸、と言いたい。コンクリート二階建ての大きな家だ。部屋数がいくつあったのか、指を折って数えながら、思い出さなくてはいけない。

 もちろん僕が建てた家ではなく、僕で三代目の中古だ。おおざっぱな間取りの、住みやすい家だった。ぜんたいのスペースには充分すぎるほどの余裕があったし、収納のためのスペースも、あちこちに広くあった。入る必要のない部屋は、どれもみないつのまにか、納戸や物置のようになった。

 歩いて五分の引っ越しでも、すべての荷物は、いったんは引っ越し荷物にまとめなくてはいけなかった。さあ、引っ越しだ、荷造りだ、という段階にいたって、二十年分たまった物や本その他のさまざまな物体を相手に、僕は孤軍奮闘することになった。

 たいしたものはなにもないのだが、本はとにかく大量にあった。その本を中心にして、日常生活のためのありとあらゆるがらくたが、収納スペースのすべてに、二十年分、蓄積されていた。収納スペースに入れてしまえば、邪魔にならないからそれっきり忘れてしまう。そのようにしてたまった物が、ほんとに二十年分、家のなかのいたるところにあった。手前から順番に整理していくと、いちばん奥には、二十年前がそのままじっとそこにあるのを、僕は見なければならなかった。

 捨てた物の量がすさまじかった。キャデラックが三台入ります、と二代目の人に言われたガレージが二度、捨てる物で満杯となった。生活のためにきっと必要だ、これはあると便利だ、これはいい、これは使えるよ、などとそのつど、熱心に納得して買った物品だ。

 しばらく使ったあと、収納スペースに置いておくだけとなった物が、キャデラック三台分のガレージを二度にわたって、ぎっしりと埋めた。この様子を目のあたりにしたときには、さすがの僕も内省的な状態となった。

 生活とはなになのか。人生とは、いったいなにか。生活とはがらくたの山ではないか。そして人生とは、そのようながらくたを次々に買っては少しだけ使い、捨てていくことなのか。

 引っ越しは二度に分けておこなった。一度で済ませるつもりでいたのだが、これは一度ではとうてい駄目だ、と僕は思った。二度に分けることを可能にする状況だったのは、たいへんに都合がよかった。

 五丁目の家には買い手がついた。しかし売買が成立するまでの四か月ほどは、僕の所有物のまま空き家にしておく状態が続いた。家族ぜんたいの生活に必要なものを最初の引っ越しですべて運び出した。大量の本を中心に、季節違いの服その他、僕個人のあれやこれやを、大きな空き家に残した。

 最初の引っ越し荷物が三台のトラックで五丁目を去っていくのを見て、生活とはなにか、人生とはなになのか、僕はさらに考えた。そして四か月後、五丁目の家に残した物を、僕はひとりで引っ越し荷物にまとめた。荷物とは、最終的には、段ボール箱の山だ。山とは、この場合は、二百五十個だった。その山を見渡しながら、自分とはなにであるのかについて、僕は考えざるを得なかった。

 僕とは本である、と言いきることがまず可能だろう。個人の持ち物としては大量と言っていいほどに、本がたくさんあった。僕には書画骨董などの趣味はないし、偉そうな雰囲気の重厚な家具を置く好みもない。集めている物もなければ、執着して身辺に置いている物もない。生活そのものはきわめて単純で簡素なものだ。

 だから本はよけいに目立った。かなりの分量を古書店に売った。すべてが英語の本だった。僕とは本であるという言いかたは、僕とは英語の本である、と修正しなくてはならない。本ほど買いやすい物はない。手に取って気のすむまで、観察したり拾い読みしたり出来る。これはと思う部分が少しでもある本は買っておく、という方針は二十代の前半にはもう自分のものとなっていた。アメリカの本はコスト・パフォーマンスが高いし、買っておけばなんらかのかたちでかならず役に立つのだ。

 二丁目の家にもガレージはある。キャデラックが一台は入るけれど、左右のドアをフルに開くことは出来ないと思う。そのガレージの空間を、いまも段ボール箱の山が、ほぼ完全にふさいでいる。

 僕とはなにか。僕は引っ越し荷物だ。このことにまず間違いはない、と僕は思う。十年に一度くらい、自分の引っ越し荷物を観察する機会を持つといい。自分とはなになのか、ほんとによくわかる。たとえばこの僕の、衣服を詰めたいくつもの段ボール箱のなかみを点検して、上下揃ったいわゆるスーツが一着もない事実に、僕はあらためて気づく。

 スーツが一着もないことと関連して、白無地のいわゆるワイシャツが、一枚もないことを僕は知る。ネクタイはといえば、フランスへいった人からおみやげにもらった、タンタンのタイが一本あるだけだ。ワイシャツではないシャツ、ジャケット類、楽なセーターなどが、たいへん多い。白いシャツにタイを締めてスーツを着る、という生活から僕は遠いところにいる人なのだ。

 引っ越し荷物をまとめるにあたって、二十年分の自分の断片を、僕はすべて手に取って確認した。その荷物をほどくとき、確認はもう一度おこなわれた。日常生活は多くのがらくたの上に立っている。このことにも間違いはない、と僕は思う。ほとんどの人生は、がらくたのような人生なのだ。

 二十年分の荷物を目の前に積み上げると、自分とはなになのか、誰の目にもはっきりとするはずだ。僕の荷物のなかには、外国製のノート類が、日本語の本よりもたくさんあった。ノートとは、本になる以前の、まだどのページもまっ白いときの、本なのだ。英語による大量の本に接しながら、日本で文章を書いては本にしていく人。きみとはそのような人だ、と僕の引っ越し荷物は言っていた。

 本の量に圧倒されていると、僕の引っ越し荷物はたいへん多い。しかし、本を想像のなかですべて消したうえで荷物を観察しなおすと、僕の所有物は驚くほど少ない事実もわかった。高価な物、凝った物、集めた物など、いっさいない。個人的に大事なものすら、ほとんどない。いつも使っている道具その他も、なければまた買えばいい、という種類や性質のものばかりだ。うれしいことに、僕はきわめて単純で簡素な人でもあるようだ。

底本:『坊やはこうして作家になる』水魚書房 2000年


2000年 『坊やはこうして作家になる』 自分
2016年3月31日 05:30
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