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僕がもっとも好いている海岸

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 マウイ島のぜんたいを上空から見ると、人の胸像を横から見たような形をしている。その顎の下あたりにあるマアラエアから30号線を西にむけて自動車で走るのが、僕は子供の頃からたいへんに好きだった。ほかの場所もいいのだが、マウイの西側を海沿いに西へ、というコースは特にお気にいりだ。ラハイナからさらに西へ、胸像の頭のてっぺんに至るまでのルートは最高だ。

 30号線はいまでもホノアピイラニ・ハイウエイと呼ばれている。ハワイに白人が到達する以前の時代にマウイのチーフだったピイラニにちなむ名称だ。「ホノ」は湾という意味だ。カアナパリから西へむかうと、頭にホノのつく地名が多くなる。このあたりの岩場の地形には湾がたくさんあるからだ。

 ホノコワイ、カハチ、ホノケアナ、ナピリ、カパルアなどといった地名は、昔は西マウイの田舎をしか意味しなかった。典型的なパイナップル・カントリーだったのだが、一九七〇年代にマウイ・ランド・アンド・パイナップル・カンパニーの手によって、七百数十エーカーの土地がリゾートになってしまった。出来ばえは悪くないので良しとしなければならないが、はじめてその変わりようを見たときには、僕は心から仰天した。

 カアナパリから西の海岸線には岩場が多い。そしてその岩場と岩場とのあいだに、きわめて美しい海岸がいくつも存在している。マウイの上出来のビーチはほとんどすべてこの地区に集中している。マウイで上出来ならハワイぜんたいでも上出来だ。

 南から北にむけて、ナピリ、カパルア、D・T・フレミング、オネロア、モクレイア、ホノルアなどがポピュラーだ。よく知られているわりには、いまでも人は少ない。出来の良さで言うなら、カパルアのビーチは完璧に近い。モクレイアやホノルアは波乗りの名所だ。冬にはアリューシャンから延々とうねってくる水のエネルギーが、すさまじいパワーの波を作る。砂の上はいいとして、海のなかは特に冬は厳重な注意が必要だ。

 僕のもっともお気にいりは、フレミング・ビーチだ。ここは素晴らしい。昔、たとえば三十年くらいまえはもっと良かったが、いまでもここへ来ると、ああ、帰って来た、という気持ちになる。ラハイナで生まれて育った父親は、子供の頃よくこのフレミング・ビーチで遊んだと言っていた。この砂とこの海、そしてこの太陽の光のなかで遊んだのかと思うと、感傷的になるわけではないけれど、遺伝子によって父から息子に伝えられたなにごとかを、僕は感じないわけにはいかない。

『アール・グレイから始まる日』角川文庫 1991年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『僕が書いたあの島』太田出版 1995年

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1991年 1995年 『アール・グレイから始まる日』 ハワイ 片岡義男エッセイ・コレクション『僕が書いたあの島』
2016年7月18日 05:30
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