VOYAGER

片岡義男.com 全著作電子化計画

MENU

評論・エッセイ

太平洋の海底地図を見ながら

 朝のうちは、薄曇りだった。午後二時をすぎて、空をおおっている雲の色が、いちだんと濃くなってきた。
 いまか、いまかと、ぼくは空をあおいでいた。空をいちめんにおおっている濃い灰色の雲のさらに下を、ちぎれ雲が風に乗って走っていった。
 風が強くなってきた。空気のなかに、雨の香りが充満してきた。そして、待っていたぼくの期待は、かなえられた。風にあおられて、さあっと雨が来たのだ。
 緑の樹が風にざわめき、そのうえに雨が降った。樹々の枝の、無数に近い葉が、雨に濡れていった。
 雨が降りは…

底本:『コーヒーもう一杯』角川文庫 1980年