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銀の鱗に陽ざしを受けて

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 銀鱗煮干し、というものを七百グラム、いま僕は片手に持っている。ポリエチレンの透明な袋に入っている。銀鱗とは魚の鱗のことだ。そこから意味は広がって、魚ぜんたいをも意味する。いま僕が片手に持っている銀鱗は、片口鰯だ。片口鰯のなかでも最高級品であると袋にはうたってある、小羽銀つきの煮干しだ。袋のなかの煮干しは、長さが平均して六センチから七センチだろうか。ほっそりとした体のすべてが煮干しとなり、頭も含めて胴体の側面が微妙な銀色に乾いている様子には、油絵で描く対象として、得難いものがあるのではないか、などと僕は思う。

 この片口鰯の煮干しは瀬戸内産だということだ。瀬戸内では煮干しのことを、いりこ、と言っていた。ポリエチレンの袋に貼ったレイベルにも、いりこ、という言葉が使ってある。瀬戸内で僕が子供の頃になじんだいりこは、もっと大きかったように思う。よく乾燥された胴体は強く反っていて、腹ははじけたように裂けて茶色をしていた。おなじ瀬戸内でも収穫する鰯にはいろんな種類があり、したがっていりこにも、いろんな違いがあったのだろう。僕がなじんだいりこは、ごく日常的な、飾り気のない朴訥な種類のいりこだったか。

 ポリエチレンの袋は手で開くことが出来るようになっている。袋を開いた僕は、なかの匂いをかいでみる。濃厚な海の匂いがそこにある。いりこを一匹、指先につまみ、口に入れて嚙む。一匹ではよくわからないから、二匹、三匹、四匹と続けて口に入れ、ひとまとめに嚙んでいく。いりこにしてはあっさりしている、と僕は思う。嚙むほどに唾液と混じり合う。そして飲み込む頃には、咀嚼された何匹ものいりこのぜんたいは、うまみというものへと変わっているのを、僕は強く実感する。

 いりこをそのまま食べるのは、何年ぶりだろうか。脳から至近距離にある口のなかでの、何匹ものいりこを咀嚼する行為は、その脳のなかにあるはずの、遠い思い出を探り当て、それと結びつくか。けっして結びつかないわけではない、という程度の言いかたが、もっとも正しいように僕は思う。

 友だちとふたりで食べた昼食を僕は思い出す。僕の家へ戻ればそこにはご飯があるはずだから、ではそこへいこうということになり、ふたりで向かう途中、彼は自宅に寄った。すぐに出て来た彼の片手いっぱいに握られていたのは、瀬戸内産のいりこだった。おまえのところは鶏を飼っているから卵があるだろう、だからこのいりこと卵でご飯を食べよう、と彼は言った。

 僕の自宅の台所で彼は片手いっぱいのいりこをすり鉢ですりおろし、おおまかな粉にした。僕がふたつの茶碗によそったご飯に、彼は作ったばかりのいりこのふりかけを、均等にかけた。僕は鶏小屋へいってなかに入り、いくつも産んである卵のなかから、両手にひとつずつ持って小屋を出た。台所へ戻ると友だちは卵をひとつ僕から受け取り、茶碗の縁で器用に割り、ふりかけご飯の上に生卵をかけた。醬油を少しだけ垂らし、箸でぜんたいを勢いよくかきまわし、彼は盛大に食べ始めた。こういう食べかたを、僕はこのとき初めて知った。せっかく手のなかに最高級のいりこがあるのだから、友だちが教えてくれたこの昼御飯を、再現してみようか。時計を見れば午前十一時四十分。最適の時間ではないか。

 瀬戸内で子供の僕が住んでいたところでも、煮干しを作っていた。港の海に沿って、幅の広い直線の道があった。いまは国道だろう。この道の山側、つまり北側の歩道に沿って、煮干しにする鰯が干してあった。四十五度、あるいはもっと深く傾けて、木製の簡単な台がいくつもつらなり、どの台の上にもむしろが広げてあり、そのむしろを鰯がびっしりと埋めていた。台が傾けてあるのは、瀬戸内の陽ざしを可能なかぎり効率良く、鰯に吸収させるためだ。この道を歩きながら、干してある鰯を指先につまみ、半日干しのような状態となっている鰯を、頭から食べることがよくあった。百メートルほど歩くあいだに三匹も食べれば、それはいいおやつとなった。

底本:『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』NHK出版 2005年


『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』 煮干し
2019年12月17日 11:01
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