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自己啓発本が前提としているもの

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 講演や講習会、セミナー、ワークショップなどを経由してではなく、書店で販売されている書籍をとおして指南される、自己啓発について考察した本書は、いろんなことを考えながら丁寧に読むと、見えて来るものが確実にあり、興味深い。

 ごく少数の人しか持っていないものは、自己啓発書の材料にはなり得ない、という事実を僕は本書でまず発見した。誰もが持っているからこそ、それは不特定多数の人たちにとっての、自己啓発の材料になる。

 誰もが持っているものの最たるものは時間だろう。時計という万人用の装置で計測するなら、一日は誰にとっても二十四時間だ。一日二十四時間というきわめて限られた時間をどう活用すればいいのか。時間をどのように使えば自分は高まるのか。近未来における自分の価値の上昇は、容赦なく経過していく時間とどんなふうに折り合えばいいのか。

 時間を具体化するとそれは自分がいつも持っている一冊の手帳になる、という驚くべき発見も僕は本書で体験した。時間の管理。時間の有効活用。時間の自分にとっての優先順位のつけかた。情報と時間の整合をどうはかるか。自分にとってどのような時間がいちばん重要なのか。こうしたことを一冊の手帳の使いかたですべて実現させることが出来るはずだ、と説くのが手帳術という自己啓発だ。

 宣伝をかねて社名を入れた定型的な手帳を多くの会社が年末になると発行して社の内外に配り、社員たちもそれを次の年の手帳として、背中に差し込まれた細い鉛筆とともに、使用した。しかし、予定その他を書き込むごく素朴ななんでも帳で足りた時代は、すでに過ぎ去って遠い。

 誰もが持っているいまひとつのものは、日常生活を営む場所、つまりいま住んでいる家ないしは部屋だ。いろんな物が無秩序に散らかっている家や部屋のなかで、たまに整理や収納を心がけるのは、家事そのものの単なる合理だったが、いまでは次元がまるで異なる。

 本当の自分の発見。人生の大転換。余計な物のないすっきりした空間では、それまではどこかを彷徨っていた自分の魂がよみがえる。日常生活の場はじつは自分の聖地なのだといった、解脱にも似た境地への到達が、掃除や整理整頓、収納、捨てる、などの行為の蓄積によって可能になる、と自己は啓発され続ける。

 誰もが持っている、一日二十四時間という時間、そして日常生活を営む場を、すべての出発点として、近未来において実現されるかもしれない本当の自分という頂点に向けて、自己啓発本からさまざまに指南を受けていくと、目標達成の充足感や幸福感が、心理上の疑似体験としてもたらされる。

 誰にでもある時間と日常生活の場というふたつのものを、ひとつにまとめるとそれは自分だ。この自分が、本当の自分の実現や、自分にとっての最大の夢の実現などに向けて、啓発されていく。そのとき自己啓発本が一様に、しかも限度いっぱいにおこなっているのは、自己を内向させることだ。

 数多くの自己啓発本を、数多くの指南者たちが書いている。指南者たちがひとりで書くファンタジーだから、素材の自己は思いっきり内向させることも、たやすく可能なのだろう、と僕は推測する。この本の著者は、内向という言葉を使わず、自己専心、と言っている。僕もそれにならおう。自己啓発本が当然のこととして前提にしている、自己たちの強烈な自己専心ぶりは、いったいどこから来るものなのか。

 誰にでもあるもうひとつのものは、誰もが毎日、無残にはねのけられ、問答無用で突き飛ばされているはずの、社会というものだ。自己が自己の啓発に専心すればするほど社会は遠のき、どこにも存在しないものとなっていくのは、なぜなのか。

出典:『週刊朝日』2015年7月17日号


2018年5月21日 00:00