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察し合いはいかに変形したか

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 思いやり、という言葉が日本で死語になる日が来るだろうか、と僕は自問する。思いやりという言葉はとっくに死語になっている、と僕は答える。思いやりとは、なにか。思いをやることだ。自分の思いを、他者にやること。やるとは、おこなう、ではないような気がする。あげる、進呈する、というほうの意味だろう。他者に向けて思いを延ばす、と解釈すればいいのではないか。自分の思いを他者に向けて延長させること、それが思いやりだ。

 他者に向けて延びる自分の思いとは、なにだろうか。これはかなり難しい。理解する方法のひとつとして、同義語をひとつ見つけてそれを手がかりに考えていく、という方法がある。思いやりの同義語はなにか。

 察し合い、という言葉はごく近いような気がする。思いやりの思いとは、察し合いの察しなのだ、と解釈することにしよう。思うとは、察することだ。察し合いというかなりのところまで具体的な言葉を、いま少し文芸的に美化すると、思いやりとなるのではないか。

 さて、察するとは、なになのか。察し合うとは、どういうことなのか。それは単なる推測ではない。自分から完全に切り離されている他者に向けて、なにであれそのときの主題に関係した推測の触手を延ばしていくことを、察し合いとは言わない。

 自分と他者は切り離されていず、共通する状況や価値観で結ばれていて初めて、察し合いは成立する。ふたり以上、と言うよりも集団のなかで、おなじ価値観のもとに全員がほぼおなじ状況に身を置いているとき、察し合いはその集団内で相互に成立する。

 集団はなにか目的や目標を持っている。だからその集団のなかにいる全員は、それぞれに役割や義務などを負っている。誰もが役割や義務を持った集団が、目的や目標をかかげて所定の機能を果たそうとするとき、基本OSのようにもっとも大事なものは、段取りや手順つまりルーティーンだ。小学校一年生のクラスであれどこかの会社の現場であれ、集団にとってもっとも好ましいルーティーンつまり秩序は、最高に能率が高いという種類のルーティーンだ。この能率の高さを全員が維持し続けるのが、集団にとってはもっとも望ましい。

 高い能率で集団が目標を達成するための、ルーティーンという秩序の全員による維持、これが察し合いの目的だ。では集団のなかの人たちは、相互になにを察するのか。思いやりの同義語は察し合いであるけれど、もうひとつ、人に迷惑をかけないという言いかたも、思いやりや察し合いの同義語だと考えていい。思いやりや察し合いの目的は、集団のなかで自分が他の人に迷惑をかけること、つまり能率の妨げになることを、可能なかぎり抑制し排除することだ。

 ぜんたいの秩序を自分が乱すと、ほかの全員に迷惑がかかる。だからそのような迷惑をかけないように、自分は自己を規制する。なにが迷惑であるかを察して、自分はそれを自分のなかから排除する。内容としてはこれほどに単純なことでしかないのだが、察する、という行為の方法は、いま少し複雑だ。

 自分がもしこういうことをすれば、それによって全員に迷惑がかかるに違いないから、自分はそのようなことをするのを抑制する、と誰もが考えるはずだから、自分もおなじく自己を抑制する、という経路をたどって察し合いは機能する。集団のなかの他者に向けて自分を延ばし、他者のなかをのぞき込み、そこにおそらくは自分を見て、その自分の助けを借りて、自分は自分を抑制する。

 集団への参加者が相互にこれをおこなうから、察し合いの網の目は参加者全員の数だけ存在する。自分に対する規制であると同時に、ほかの全員に対する規制としても、それは機能する。自分で単独に論理的に考えた結果として、もっとも正しい結論を導き出したのとは異なっているけれど、自分は自主的に良き判断と行動をしているのだという錯覚は、そのまま自分の能力としてまず自分自身が高く評価する。

 その高い評価は、やる気のようなものにかたちを変え、さらなる察し合いを生み出していく。察し合いとは、このようなしかけだ。どのような集団であれ、それぞれの目標の達成に向けて、高能率なルーティーンという秩序を維持させるための、相互規制のメカニズム。かなり恐ろしい、しかもじつはひどく空疎な、しかけなのだ。秩序維持のために、つまり目標達成のために、誰もが自主的に自分の能力を使っている、と錯覚する。この錯覚の集積が、その集団を自らコントロールする。集団の外からいちいち指図しなくてもいい。

 集団のなかで自分に要求されているのは、とにかくまず秩序を乱さないことだ。こんなことをしたら他の人たちに迷惑がおよぶはずだ、と誰もが思うはずだから自分もそんなことはしない、という察し合いをおこなうとき、自分は他の人たちに向けて延長され、その人たちの内部を見ていると同時に、他の人たち全員が自分のなかに入ってもくる、というプロセスぜんたいが自分の内部でおこなわれる。察し合いというしかけは、集団の構成員ひとりひとりにおいて、強固に内部化されている。

 集団の秩序を守ることは最高の美徳とされ、常にそれは奨励されている。だから秩序を乱すこと、つまり他の人たちに自分が原因で迷惑がおよぶことに関して、自分の内部にはいつも罪悪感がある。この罪悪感が強ければ強いほど、ぜんたいの秩序という価値に自分も同調すべきだという、すべき感が強くなる。

 思いやる、察し合う、人に迷惑をかけない、という行為は、高い能率による目標の達成をめざした、ぜんたいの秩序への同調の行為だ。他の全員から察し取る自分の役割や義務を、他の全員との協調のなかで真面目にこなすときの自分、という自分以外にどのような自分があるのかという間いに、答えはほとんどない。

 いつかどこかで読んでカードに書きとめておいたひと言のコレクションのなかから、「日本人にとって「私」とは、ほんの束の間のものなのではないか」と書いてあるカードを僕は見つけた。ここで言う「私」とは、所属する集団を離れてひとりでいるときの人、と僕は解釈する。

 夜遅く会社からひとりで自宅へ帰る途中。自宅でひとり風呂に入っているとき。自宅でひとり朝食を食べているとき。集団を離れているときの人を日常の現実のなかからつまみ出すと、確かにその人はどれもみな束の間だ。時間的に束の間であるだけではなく、内容的にもじつに頼りない。

 もっとも束の間ではなく、もっとも頼りなくないときの自分は、集団のなかにいて期待されている役割や義務を果たしているときの自分だ。どのような集団のなかでどんな人たちといかなる関係を持ち、それがどんなふうに推移していくか。そういったことぜんたいを受け入れては同調し続ける日々、それが人生だ。

 こういう人生を送っている人たちは、いまでもたくさんいる。しかし、これからの日々のなかでも、こういった人生が有効であるかどうか。前方にあるはずの時間に投影して検討すると、確たる論拠はなにひとつなくても、もうこれではやっていけないだろう、と判断する人は多いはずだ。察し合いの網の目を人々にかぶせることをとおして、高い能率で目標を達成していくというメカニズムは、それを前方の時間に投影させると、遠く過ぎ去った時代のもののように思える。効用はつきた、と判断しなくてはならないほどに、それは遠い。なぜだろうか。

 人々のそのような機能のしかたでは、もはや利益が出なくなったからだ。戦後の日本では、学校と会社とで、察し合いのメカニズムは、おそらく最高限度まで機能した。おたがいに察し合って集団の秩序を守り、その秩序をとおして高い能率で目標を達成するという自己のありかたを、日本の人たちは学校で叩き込まれた。

 学校を終えた人たちを、会社が社員として引き受けた。社内のさまざまな現場で、全員の協同作業で生産や販売の目標を達成していくという会社システムが、日本を支えた。そのシステムによって途方もない利益をあげた期間が、五十年ほど続いた。おなじことをやり続けて五十年という時間が経過すると、状況ははるか前方へと移っている。おなじことをやり続けた人たちは、効用のつきたシステムとともに、後方に取り残される。

 五百年ほど前に生まれた資本主義は、この五百年間、突進を続けてきた。利益というものを求めて、いまもそれは突進している。ごく単純に言うと、「ある」と「ない」との落差を利益に転換しながら、資本主義はその現場を突進していく。「ない」ところへ「ある」ものを持ってくれば、それによって利益が生じる。西洋にはない胡椒を東洋から持ってきて売れば儲かる、というような素朴なところからスタートした資本主義は、利益をむさぼり食いながら、かたときも停止することなく突進を続けた。

 「ある」と「ない」の落差を作り出す最大のものは、科学技術だ。技術の進歩は、それまでは存在していなかったような落差の領域を、いたるところに生み出す。そのような状況の最先端にあるのが、現在だ。現場の資本主義が追い求める落差とは、技術の飛躍的な進歩に次ぐ、さらなる飛躍的な進歩という、絶えることのない大変化の連続だ。明治以降の日本は、資本主義が突進していく現場のひとつだった。だからそこには、技術の進歩に次ぐ進歩という大変化の歴史があり、その歴史のなかで人々の生活は激変を重ねた。

 重なる激変のなかで人々の質は変化していく。しかし、なんの土台も兆候もないところに、あるとき突然、唐突に大変化が起こるということは、あり得ない。それまではひとまずプラスに機能してきた、たとえば察し合いという特徴的なコミュニケーションが、ある期間のなかを経過することによって、マイナスの方向へと大きく変化する、というようなかたちでいくつもの大変化が起こる。

 察し合いというコミュニケーションは、言葉が少なくてすむ、という大きな特徴を持っている。言葉をたくさん使ったとしても、内容はとぼしい。この特徴が、生活環境の激変の連続のなかで、どのように変形していくものなのか。

 戦後五十数年の前半くらいまでは、日本の人たちはどちらかと言えば人数の多い家族という枠のなかで、生活していた。いろんな人がいつも身辺にいた。いろんな人たちとの、さまざまな関係が、常にあった。その多くのさまざまな関係ごとに、適切に使い分ける言葉にやがて習熟するというかたちでの、言語活動の日常的な洗練を期待することが出来た。

 経済構造の変化をとおして、家族の数は少ないのが一般的となっていった。家族の基本はひとり暮らし、というところまで現在は進行している。激変を重ねる生活のしかたに密着して、言葉は大きく変化していく。さまざまなものやことを言いあらわすために言葉はある。言いあらわすべき対象が変化すれば、言いかたも変化する。言葉そのものが変化するし、その言葉の使いかたのぜんたいが、変化していく。

 ひとり暮らしの人がひとりでいるとき、言葉の使いかたの基本は、さまざまな印刷物、TV、ヴィデオ、CDといった再生装置、PCのような電子経路のなかで、無言のまま視線で受けとめる、というかたちだ。人と語り合うときの基本形は、おたがいのこのような生活のなかでの感想や体験を告げ合う、というかたちをとる。

 真剣にかかわる領域がこれと言ってなにもなければ、おたがいにもっとも楽に使うことの出来る言葉で、埒もないあれやこれやが語られることになる。仲間との用は楽しく充分に足りる、という種類の言葉のいきつく先は、それひと言で間に合う擬音や擬態語だろう。

 程度がほぼおなじで、年齢や生活状況が似かよっている人たちが、それぞれに共通言語圏のようなものを作る。経済は状況を多様化させる。だから状況ごとに数多くの圏が生まれる。どの圏のなかでも、言葉が違う、使いかたが違う、言葉に対する期待が異なるというふうに、言葉をめぐってすべてが違う圏が、多数ばらまかれている状態が現在だ。

 圏どうしが接触することは、基本的にはない。だから言葉も交わされない。圏が違えばもちろん、おなじような圏のなかでも、言葉をめぐる能力は低下をきわめつつある。対話など出来ない、相手の話が聞けない、楽にあるいは反射的に喋ることの可能な、自分のことについてだけ一方的に喋る、というようなありかたは、たとえば社内の秩序という生産性に対して、大きなコストとなっているのが現在だ。

 思いやる、察し合う、人に迷惑をかけない、といった秩序は、いつのまにか静かに死語になったのではない。生活環境の激変に次ぐ激変に打ち砕かれ、粉々になって四散するという経路をたどって、死語になった。察し合うというコミュニケーションはもともと言葉が少なくてすむ。言葉が少ないとは、言葉を使う状況がたいそう限定されている、ということだ。なぜそうなるか。察し合いというコミュニケーションのなかの自分という人は、他者を持たないからだ。

 他の人たちに迷惑をかけない、全員で秩序を守る、全員で目標を達成するなど、常に他の全員が出てくるが、このようなかたちでの全員という人たちは、抑圧的にそして禁止的に自分を取り囲んで立っている、分厚い壁のようなものだ。目標への到達のためのプロセスとして、多くの言葉をつくし合うさまざまに異質な相手、という種類の健全な他者ではない。

 他者とは禁止事項が貼り出してある壁であり、他の全員という他者は、したがってひとつのものだ。しかもそれは自分の延長なのだから、察し合いのコミュニケーションにとって、他者の不在はたいへん大きな特徴となっている。この大きな特徴は、時間の経過のなかで、どんなふうに変形していくのか。

 活字離れ、という言葉がある。この場合の活字とは、本のことだ。本を読む作業は、情報を得ればそれでいい、というものではない。ひとりで読んでいくと、そのときの自分に理解出来る度合いに応じて、自分の知らない世界、あるいは自分の現状とはまるで異なる世界のあることが、わかる。まぎれもない他者が本のなかにいる。その他者をとおして、自分とはなにであるかについて、思索する。

 精神的に自由な状態、つまり自分だけで孤立した状態で、自分とはまるで異なる他者と、本のなかで向き合う。そんなこと、とてもではないがつらくてしんきくさく、しかも必要ですらないから、そもそもしたいとも思わないという大量の人たちが、本を読まない。

 自分が認めてもらえなかったり反論されたりするのが嫌だから対話から逃げる、という態度を大きな特徴として持っている人たちが、すでに世代として存在している。他者を欠いた現実は、ほとんどすべてが疑似現実だ。その疑似現実だけを提供してくれるメディアにかまけていればそれでいい、というありかたは確立されている。

 そのようなメディアは、じつにわかりやすい。わかりやすさの最大の効能は、そのときどきのそのままの自分を現実の最たるものとして、全面的に肯定してくれることだ。他者不在を特徴とするコミュニケーションが、経年変化という変形をくぐり抜けていくと、他者はやっかいだ、他者は避けろ、他者などいらない、他者など不要なものにしてしまえ、というコミュニケーションへと、かたちを変える。

 現在の自分がどの程度であろうとも、その自分をそのまま全面的に肯定してしまえば、他者はまったく不要だ。なぜなら他者とは、自分を作っていくプロセスを、外から遠慮なく検証するやっかいな機能だから。自分はこうありたいと願っているのだが、じつはまだこの程度でしかない。しかし、少なくともここまでは出来ているのだから、その限りにおいては自分は認められてもいい、というようなことを願うとき、認める役を果たすのは、ほかでもない他者という存在だ。

 しかし、他者には他者の見かたがある。自分が自分を見たいようには、他者は自分を見てくれない、と多くの人たちがこれまで繰り返し論じてきた。自分が願っているとおりに他者から自分を認めてもらうのは、たいへんに困難だ。こんな気に障る、やっかいな存在である他者は、消してしまうに限る、という攻撃的な態度を支えてくれるのは、いまこの現在、という種類の価値だ。いまこの現在が最高の価値なのだとしてしまえば、その現在のなかにいる自分もまた、絶対の現在として自ら全面的に承認していい。

 いまあるこの自分を、絶対的な現在として全面的に肯定すると、その自分に対してなんらかの意味で作用する抑止力というものは、ゼロになる。全面的に肯定した自分に対する抑止力をゼロにした状態は、バブルの頂点でいったん極限をきわめたのち、バブルの崩壊という日々のなかで、極限をきわめたままさらに変形をとげつつある。

 日本人は集団主義であるとか、同質で均一である、没個性で他人とおなじであることを好む、全員参加の全員一致であるなどと、良くも悪くもすべての日本人はひとつにまとまっていると論じられた期間が、長く続いた。そのような論は、かつては日本人にあてはまった。いまではもうあてはまらない。

 ぜんたいに共通するひとつの価値や言葉は、とっくに消えている。しかし、価値や言葉そのものが消えたわけではなく、経済原則のなかで多様化しただけだ。それぞれに異質な価値や言葉を持つ人たちが、集団とも言えないほどに曖味なグループを、いくつも作っている。

 経年変化とは、劣化のことだった。察し合いという強力な規制のなかに入った全員が、自前ではなにも考えることなく、戦後五十数年にもわたって、なんら変わることのなかったおなじ目標の達成だけを、続けた。だから彼らは、新しい価値を作り出すことが出来なかった。

底本:『坊やはこうして作家になる』水魚書房 2000年

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2000年 『坊やはこうして作家になる』 戦後 日本語 社会 言葉
2017年3月26日 05:30
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