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評論

対話をしない人

 自分専用の固い枠の内側に守られ、そのかぎりにおいて安心して存在していることの出来る自分という人のありかたは、日本人のありかたの基本だと言っていい。ものごとの言いあらわしかたにかかわる日本語の基本能力が、主観という固い枠のなかで発揮される、静止した状態を列挙していく能力であることの、必然的な結果だ。ものごとをどのように言いあらわすかは、ものごとをどうとらえるかであり、どうとらえるかは、そのまま、その人のありかたなのだから。
 このようなありかたのなかにある人にとって、およそもっとも不得意なのは、なにごとかをめぐって他者と…

底本:『日本語で生きるとは』筑摩書房 1999年

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