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愛と栄光のための戦い

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 ロバート・B・パーカーの『愛と栄光』(邦訳はハヤカワ文庫『愛と名誉のために』)という小説をぼくは面白く読んだ。ロバート・B・パーカーが書く私立探偵スペンサーのシリーズは日本でも好評だが、この『愛と栄光』は、パーカーにとっては、ノン・スペンサー・ノヴェルとして第三作目にあたるものだそうだ。

 手に入れるまえから、一九八三年の新作である『愛と栄光』は、ノン・スペンサー・ノヴェルだということを、ぼくは知っていた。恋愛小説だと、人づてに聞いていた。彼がどのようなラヴ・ストーリーを書くのかぜひ読んでみたいと思い、手に入れて読んでみた。

『愛と栄光』の原題『ラヴ・アンド・グローリー』は、『時の過ぎゆくままに』というタイトルの有名な歌をぼくに思い出させた。ひょっとしたら、と思っていたら、やはり、『愛と栄光』のタイトルは、この歌のなかからとったものだった。歌詞の一部分、原文では四行が、この小説のプロローグとして引用してある。

「なにがどう変わったというわけでもないのさ
 いまでも愛と栄光のための戦いなんだよ
 やり抜くか、それとも、負けるか
 基本的にはいつもおんなじことさ
 時がどれだけ流れ去ろうともね」
 
 というような意味の四行が、プロローグつまり心の準備として引用してある。そして、この引用はまことにふさわしい正しい引用なのだということが、ぜんたいを読みおえるとはっきりとわかるしかけになっている。

 小説ぜんたいは、ブーン・アダムズという名前の男性主人公の一人称によって書かれている。現在進行形ではなく、すでに自分が体験ずみのひとつの出来事を、その発端までふりかえり、そこから語っていくというスタイルだ。

 すでに体験ずみのひとつの出来事は、一九五○年から一九六八年までの十八年間にわたっている。十八年間の出来事を、ロバート・B・パーカーは、全二百七ページというすくないスペースのなかで、手ぎわよく描いている。

 回想の発端における主人公、ブーン・アダムズは、十八歳の童貞だ。どうでもいいような小さな町から東部へ出て来て、コルビー・カレッジという大学に入学したばかりだ。ブーンは、国語を専攻する。文学や文章作法をさまざまに勉強し、将来は作家になろうと思っている。

 一九五〇年の初秋の夜、十八歳のブーン・アダムズは、フレッシュマン・ダンスでジェニファー・グレイルという同年齢の女性に、強烈なひと目惚れをする。

 このジェニファー・グレイルという女性を、ロバート・B・パーカーは、あるひとつのタイプとして、なかなかうまくその雰囲気を描いている。着こなしの描写はよく感じが出ているし、身のこなしや態度も、読者の目に彼女が浮かんで来る感じで楽しい。彼女がものごとや人に対するときに見せるちょっとしたくせのようなものをみじかい文章でうまく書きあらわすのが、パーカーはうまい。ジェニファーの香りも、よく書けている。顔を近づけたときに彼女の口紅の香りがふとブーン・アダムズの鼻をつくと、その香りはジェロとおなじような香りであった、というような、なにげない文章が泣かせる。

 総体的にジェニファーはうまく描けているが、ひとつの雰囲気であることにとどめてあるようだ。それ以上の、具体的な内容をともなったしっかりした像として彼女を描くのは、この小説の目的ではない。しかし、雰囲気としてはたいへんよく書けている。このような女性に男性が強くひと目惚れする気持ちは、よくわかる。ジェニファー・グレイルという女性は、最後の晩餐に使われた聖なるカップであるホウリー・グレイルを、ふと、あるいははっきりと、連想させる。

 ともに十八歳のブーン・アダムズとジェニファー・グレイルは、友人となる。そして、小さな出来事をきっかけに、恋人どうしのような関係へと、深まっていく。深まるといっても、体の関係が出来たりするわけではない。ブーン・アダムズにとってジェニファーはたいへんに重要な存在となる。

 ブーンが二十二歳のときに、彼は徴兵されてGIとなり、当時の朝鮮へいかなければならなくなる。ブーンは、GIとして朝鮮へいく。大学生の生活は中断される。ジェニファー・グレイルとも、遠のいてしまう。

 ジェニファーをたいへんに深く愛しているブーンは、コルビー・カレッジで大学生活をつづけているジェニファーに、思いのたけを書きつづった手紙を送る。次々に何通も送る。はじめのうち、ジェニファーはそれを読んでくれる。返事も書いてくれる。しかし、ブーンからの手紙はやがて負担になりジェニファーは彼からの手紙を受取拒否にしてすべて戦地のブーンに返送してしまう。そして、さらに、ジェニファーは、あるひとりの男性と結婚する。結婚したことを、彼女は、ブーンに手紙で知らせる。

 ブーンは落胆する。しかし、あきらめたりはしない。彼はジェニファーを愛したのであり、その愛をまっとうすることによって自分はこの世に在り得る、と強くかたく信ずるに至っているから、あきらめるなどはとんでもないことなのだ。

 ブーンは手紙を書きつづける。ただし、ジェニファーに送ることはしない。ジェニファー宛てに何通も書きはするけれど、送らずに手もとに置いておく。

 ジェニファーは、具体的には彼の周辺から消えた。しかし、ブーンは手紙を書く。毎日のように書く。手紙はどんどんたまっていく。いくらたくさんたまっても、ブーンは書く。

 やがてブーン・アダムズは兵役をおえる。除隊してニューヨークへ出て来た彼は、広告代理店に就職する。彼の人生はジェニファーを愛しつづけることによってのみ存在するのだが、そのジェニファーはいまは人の妻だ。彼の人生はいまのところないに等しいから、ニューヨークの広告代理店の仕事なんかどうでもいいわけで、まもなく当然のことながらクビになってしまう。いくつかの仕事を転々としながら次第に下降していく。下降しつつ、北アメリカ大陸を東から西へ移動していく。

 宿なしの浮浪者のようになりつつ西へ向かう。十年ちかくかかってカリフォルニアにたどりつく。栄養失調でアル中の、風呂に入ったのが何年前だったかすら思い出せないボロボロの、生ける屍のようになったブーンは、サンタモニカのビーチで朝陽を浴びながら、涙を流し、海の水で汚れた体を洗う。

 愛するジェニファーへの思いがとげられなかったために、ブーン・アダムズは十年がかりで自分をここまで下降させてしまう。このへんを書いていくパーカーの言葉づかいは、簡単ではあるのだが妙に説得力を持っている。下降しきったところから、ブーンは、カムバックをはかる。忘れることの出来ないジェニファーに向かって、カムバックするのだ。

 カムバックのプロセスは、下降の歴程とおなじく、簡潔に書いてある。まともな生活にもどったブーンは東部へ帰り、大学に入りなおす。その大学では、ジェニファーの夫が教授をしているし、ジェニファーもPHDをとるためにそこの大学院にかよっている。ブーンとジェニファーは、二十年ちかくのブランクをへて、まるでタイムスリップのように、キャンパスで再会する。

 ここからあと、ふたりがどうなるのかは、書かずにおくのがルールだろう。

 ジェニファーというひとりの女性を愛し、彼女といっしょにいてはじめて自分は完全なぜんたいであるという信念を自分の行動律とし、その行動律にコミットする以外に生き方を知らないひとりの男性の物語は、パーカーにとっては愛と栄光への戦いであり、ドゥ・オア・ダイなのだった。

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Love and Glory,Robert B. Parker
1983[kindle愛と名誉のために(amazon日本・古書)|ハヤカワ・ミステリ文庫|1994年|「読書メーター」感想

(『紙のプールで泳ぐ』1985年所収、底本:片岡義男エッセイ・コレクション『本を読む人』1995年)

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2017年2月14日 05:30
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