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ハワイの田舎町を訪ね歩く

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 日本にはないものを買いにハワイへいこうと思う。オアフ島だけでもいいのだが、楽しみを少しだけ拡大させるために、ハワイ島、マウイ島、モロカイ島などへも渡ろう。それらの島々で田舎町を訪ね歩くのだ。昔からある日用雑貨店に入っては、文房具のコーナーでライティング・タブレットを探す。グローサリーの雑貨売り場にもあるだろう。ごく平凡なモールでも油断はできない。

 ライティング・タブレットとは、百枚綴じが標準の、横罫入りのノートブックのようなものだ。ただしページぜんたいは上部で糊と薄い紙によってごく簡単に綴じてあり、ページを切り離すことは容易にできる。綴じてある上から四センチほどの幅でヘッド・マージンの余白があり、そこからはページの下まで、八ミリほどの間隔でページの左右いっぱいに、淡いブルーで横罫が引いてある。日本にあるものに無理にたとえるなら、横罫の便箋だろうか。ただし日本の便箋にほとんど常に漂う、そこはかとない情緒のようなものは、いっさいない。きわめて実用的なもので、そこには問答無用の実用性だけがある。ぜんたいの大きさは縦が九インチ、そして横が六インチという、たいそう適正なものだ。

 家庭でもオフィスでも、日常的によくこれを使う。ふたつ折りにしてちょうど適合する標準サイズの封筒があるから、カジュアルな手紙ならレター・ペーパーとしてもこれで充分に間に合う。小さなメモ用紙にほんのひと言ふた言を書きとめるのではなく、なにごとかについての文章を何枚かの紙を使って多少とも組み立てようとするとき、下書き用紙としてライティング・タブレットほど自由度が高く、したがって使い勝手のいいものを僕は知らない。

 子供の頃、なにか書くための紙は、最初からライティング・タブレットだった。いつもそれが自宅にあったからだ。ライティング・タブレットのページと向き合うと、さあこれから自分はここに文章を書くのだ、という思いに支えられて思考は集中する。だから気持ちは安定する。と同時に、書くべき文章に対する覚悟のようなものすら、自分の内部に生まれる。書くべき文章に対する覚悟のようなものとは、とにかく自分らしく書く、ということだ。

 幼い頃から大人へと成長していく期間ぜんたいにわたって、自分でなにか文章を書くならその紙はライティング・タブレットだった。文章を書く仕事を始めてからもそのことに変化はなく、その期間はすでに四十年をゆうに超えている。小説その他の創作をめぐって、あらゆるかたちと内容の下準備を、僕はライティング・タブレットのページの上でおこなってきた。書きつぶしたライティング・タブレットの冊数は、かなりのものとなっているはずだ。

 一九八〇年代に入ってからその終わり近くまでの期間、東京のあちこちで、思いかけずにライティング・タブレットと遭遇することが、かなり頻繁にあった。バブルの頃にはいろんな品物が外国から日本に輸入され市販されていた。そのような品物のなかに、アメリカの文房具のひとつとして、ライティング・タブレットもあったのだろう。

 いまではほとんど見かけない。僕が知っているかぎりでは、ミードというブランドのなかの一種類だけが、僕が知る限りでは一軒あるいはせいぜい二軒の店で売られているだけだ。日本になければ、あるところへ買いにいくほかない。したがってハワイへ、ライティング・タブレットを求めて、小旅行をおこなう。田舎町の雑貨店が一九八〇年代に仕入れたものが倉庫の棚の片隅にいまもまだ少し残っているのを、ある日の僕がごっそりと買い取る、というようなことを夢想している。聞いたことのないメーカーの、見たこともないデザインの表紙がついたライティング・タブレットに、ハワイでも何とおりかは遭遇することができるだろう。二百枚綴じの分厚いものもぜひ手に入れたい。

 違ったものを見つけるたびに、十二冊ずつ買っておこう、などとも考えている。四つの島を丁寧にめぐり歩いたなら、収穫は相当な量になるはずだ。さらにある日の僕は、何冊ずつ小包にして送れば送料がもっとも安くなるか、ハワイの田舎町の郵便局で、ひとりしかいない局員を相手に、相談していることになるだろう。国際一種小包、という日本語をそのまま英語に訳したような、インタナショナル・ファースト・クラス・スモール・パケットという送りかたがあったりするから、おそらくそれで、何個もの小包を送り出すことになる。

 僕が買い集めたライティング・タブレットは、いくつもの郵便小包となり、東京にある僕の自宅宛てに、太平洋を越えていく。

底本:『ピーナツ・バターで始める朝』東京書籍 2009年

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そして相性のいいノートブックとは──。

作家・片岡義男が道具から「書く」という仕事の根幹について考えた
刺激的な書き下ろしエッセイ。


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2017年1月10日 05:30
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