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評論・エッセイ

鉛筆を削るとき

 僕は鉛筆を削るのが好きだ。ひとりで鉛筆を削っているときの自分の状態を、僕は好いている。鉛筆を削ることを覚えたのは小学校へ入る前ではなかったか。新しい鉛筆を削っていき、芯があらわれ、その芯をほどよく尖らせていると、心地良い緊張が自分の肉体と精神の隅々にまでいきわたるのを、鉛筆を削ることを覚えてほどなく、幼い僕は自覚した、といまの僕は書く。
 鉛筆を削っていると、その鉛筆で自分が紙の上に書くはずの文字や、描くであろう図形などの予感が、自分の内部に少しずつ満ちていく。そしてその緊張をはらんだ予感は、一本の鉛筆を入口にして自分…

底本:『ピーナツ・バターで始める朝』東京書籍 2009年
初出:『潮』2008年12月

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