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万年筆についての文章

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 原稿料のともなう文章を、僕は大学生の頃から書き始めた。原稿料がともなう文章とは、この場合は、商業的に出版されている雑誌に書く、という意味だ。

 そのような文章には、当然のことだが、締切りがある。なにを書くにしても、そのための時間は限定されている。指定された文字数の文章を、一定の期間内に書かなくてはならない。

 大学を卒業してからも、書く作業は続いていった。二十代のなかばの僕は、いまの言葉で言うなら、フリーランスのライターを仕事にしていた。固い意志や明確な目的のもとに、そうなったのではない。自然の成りゆきであり、その成りゆきを周囲の状況が可能にした。

 当時のフリーランスの雑誌ライターは、コラムを署名入りで書くときにも、雑文書きと呼ばれた。雜文業だ。雑な文章だから雑文なのではなく、いろんな雑誌の編集者の求めに応じて種々雑多な文章を書くからだ。雑文書きという言いかたは、端的で正確で、僕は好きだ。

 書き始めた頃から二十代のなかばあたりまでの僕は、筆記具や原稿用紙はなんでもいい、という態度だった。どこかの出版社がくれた手帳の背に入っている、細くて短い鉛筆を使い、いろんな出版社の原稿用紙に書いていた。ひとつの原稿を数社の原稿用紙に書く、ということを平気でしていた。

 当時の街にはいたるところに喫茶店があった。原稿はあちこちの喫茶店で書くことが多かった。手帳の鉛筆をポケット・ナイフで削っていると、美人のウェイトレスが灰皿を持ってきて、「これに削ってください」と僕をたしなめたことをいまも覚えている。僕は芯は削らない。だからそのぶん、罪は軽かった。

 この時期、つまり東京オリンピックのあと、日本の経済は高度成長という急坂を、轟々と駆け登っていった。人々の生活のあらゆる領域で、未曾有の拡大を続けていく経済の力というものが、いろんなかたちで実感されていたはずだ。

 二〇代なかばのフリーランスの雑文書きにとっては、短い時間のなかで大量の原稿を書くのが、仕事の方針となった。好んでそうしたのではなく、ほっておいてもそうなったのだ。拡大しつつ高度に成長していく日本の経済は、大衆向けの活字メディアつまり雑誌を、増やしたからだ。

 それまではどこにもなかった若者向けの活字メディアが、急激にそしてたくさん、生まれた。僕が原稿を書き始めた頃には、おじさん用の雑誌しかなかった。そこに二十一、二歳の僕が文章を書くという一種の珍現象として、僕はスタートしている。

 短い時間に大量の原稿を書かなくてはいけなくなった僕は、そのためにもっとも適した筆記具を見つける必要を感じた。もっとも適した筆記具とは、出来るだけ筆圧をかけなくてもすむもの、という意味だ。鉛筆やボールペンは紙にこすりつけて書く。かなりの筆圧をかけなくてはいけない。万年筆はペン先を紙の上で滑らせ、インクを紙へ移していく。筆圧は低くていい。手に入れるべきは万年筆だ、と僕は思った。

 人にもらった万年筆を、子供の頃から何本も僕は体験していた。しかし切実な必要とは常に結びついていなかったから、どの万年筆もいつのまにかどこかへ消えていた。どこへ消えようと、いっこうに気にはならなかった。

 お茶の水や神保町のあたりを、仕事に関係して、僕は毎日のように歩いていた。駿河台下に金ペン堂という万年筆の専門店があるのを、僕は知っていた。万年筆の必要を感じている人にとって、まさにぴったりの店名ではないか。僕はそこへいき、「万年筆を買いたいと思っています」と、店主の古矢さんに言った。 

「どんな字を書くのか、見せてもらえると選びやすい」と、古矢さんは言った。持っていた書きかけの原稿を僕は見せた。ひと目、というよりも、ほんのちらっと、古矢さんは僕の字を見た。「その字ならこれです」と言って一本の万年筆を取り出し、インク壺でペン先にインクをつけ、僕に差し出した。

 僕は字を書いてみた。これだ、と僕は思った。だから僕はその万年筆を買った。モンブランの22という、いっさいなんの変哲もない、徹底した普及品だ。それから十年間、僕はこの万年筆を何本も書きつぶした。たいへんに書きやすい万年筆なのだが、ペン先の減る速度は早かった。使いつぶしたのと買い置きを合わせて、多いときには五十本も、おなじ万年筆が机の引き出しにあった。

 いろんな紙とインクを使った。パーカーのインクがいちばん水に近く、したがって僕の好みどおりの量で、紙の上へ流れ出た。小さなガラスの瓶を、いくつ空にしただろう。

 ペン先が早くにすり減ったのは、書く量が多かったのも一因だが、僕の書く字のせいでもあった。原稿用紙の枡目いっぱいに引きまわした字を、その頃の僕は書いていた。僕が字がへたで、自分の字は見たくない、という気持ちがいつもあった。しかし原稿用紙に自分で書いていくのだから、見ないわけにいかない。

 自分の字を見たくないという気持ちを出来るだけ軽減させるためには、字をデザイン的に書くほかなかった。けっしてうまくはならないから、次善の策としてデザイン的に書く、というわけだ。枡目いっぱいに書くと、枡目も文字の一部となり、なんとなくデザイン的だった。

 いちばん好ましいサイズの枡目をきめ、紙を選び、二百字詰めの原稿用紙を注文して作ったのを、記憶している。一介の雑文書きも、こうなってくると専門技能者の一種だと言っていい。五万枚作った。たくさんあるなあ、使いきれるだろうか、と僕は思った。二年くらいで使いきったような記憶がある。

 そして十年が経過した。十年くらい、あっというまだ。僕は三十代のなかばとなった。書く字が変わってきた。肉体の微妙な変化によるものだ。そして内面的な変化も、相当なところまで影響していたはずだ。書く文章の内容が、以前とはまるで異なったものとなっていた。

 原稿用紙の枡目いっぱいに引きまわして書く字ではなく、もっと小さな字で、それまでよりもさらに軽く、トットコトット、という感じで字を書きたくなった。そのように書いてみるとじつに調子がいい。万年筆と原稿用紙を変えるといい、と僕は判断した。

 金ぺン堂へいった僕は、最近の字を古矢さんに見せた。今度もその字をちらっと見ただけで即座に一本を選んだ彼は、ペン先にインクをつけて僕に差し出した。その万年筆を僕はたいへん気にいった。五本まとめて買った記憶がある。ペリカンの普及品で、ペン先には750と刻印してあった。そのときすでに、750番は生産停止となっていた。

 必要にして充分でなおかつ最小限の、すっきりとした線と面で構成された、じつに美しい造形の万年筆だ。造形的にも機能的にも、完成度は高い。僕の手にちょうどいい。まるで計測してそう作ったかのようだ。軽い。バランスが素晴らしい。そしてペン先は、書きやすさの極致だ。少しだけ変化した僕の字とその書きかたに、この万年筆はぴったりだった。

 枡目のサイズを変え、紙も別のものにして、僕は二百字詰めの原稿用紙をふたたび作った。万年筆による手書きは、さらに十年、あるいは十年近く、続くこととなった。自分の字が好きではない僕は、自分の書く字によって原稿用紙の枡目が埋められていく快感と、まったく無縁だ。

 書くべき文章は、書くはじから頭のなかに出来ていく。原稿用紙に書くのは、頭のなかで出来ていく文章を、誰にでも読めるかたちで、紙の上に文字で固定しておくだけのことだ。最終的な目的は、活字として印刷されることにある。その目的のために、出来るだけ楽に書くための工夫をしたのが、以上のような万年筆物語だ。

 ペリカン750が三本、僕の手もとにいまもある。手書きするときに使っている。凝った高価な万年筆に、僕はなんの関心もない。けれど良く出来た普及品は好きだ。だからいまでもときどき買う。アメリカの通販カタログを経由して買う。おおまかに言って、日本の半値だ。高価なものはどこまでも高価であり、カタログにたくさん出ている。しかし、美しくて使いやすい普及品も多い。

 そのような万年筆を僕は何本も持っている。ときたまでいいから、文章は原稿用紙に手書きしようか。一枚ごとに、違う万年筆に持ち替えて。

底本:『坊やはこうして作家になる』水魚書房 2000年

公開しました|制作舞台裏|書くことの根幹へ|斉藤典貴(晶文社編集部)

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11月11日刊行!『万年筆インク紙』

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自分の思考が文字となって紙の上に形をなす。
頭の中にうかんだ小説のアイディアをメモするための万年筆、
自分の思考をもっとも良く引き出してくれるインクの色、
そして相性のいいノートブックとは──。

作家・片岡義男が道具から「書く」という仕事の根幹について考えた
刺激的な書き下ろしエッセイ。


晶文社|ISBN:978-4-7949-6939-2 C0095|定価:本体1800円+税|四六判変型|288頁

タグで読む01▼|文房具

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片岡作品の代表的なキーワードを選んで作品をご紹介する企画、第1回は「文房具」です。エッセイや小説の末尾にキーワードがこんなふうに並んでいますが、

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これを“タグ”といいます。このタグをクリックすると、キーワードに関連した作品をまとめて読むことができます。まだ作品の少ない言葉も多いのですが、ある程度まとまってきたものを中心にご紹介してゆきます。

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11月11日 |万年筆で書く


11月9日 |オートポイントというアメリ力らしさ


11月7日 |二百字詰め原稿用紙八百枚


11月6日 |彼は鉛筆を削りながら交差点を渡っていった


11月5日 |[ミードのライティング・タブレット]


10月20日 |父親と万年筆


6月12日|雨の京都で下書きをする


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2000年 『坊やはこうして作家になる』 ドイツ モンブラン 万年筆 原稿用紙 喫茶店 文房具 書く 東京 神保町 金ペン堂
2016年11月12日 05:30
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