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父親と万年筆

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 僕の父親は、ハワイで生まれてカリフォルニアで育った、日系二世のアメリカ人だ。ひとりの人としての核心部分まで二世らしさの貫徹した、謎の多い不思議な人物だった。二世の見本のような人だった、と言っていいだろう。このような人たちも、高齢で次々に消えていきつつある。父親もすでに消えた。

 彼が去ったあとには、父親というひとつの謎が残った。その謎を僕は解こうとは思わないし、彼が生きてきた状況や時代のことを思うと、僕などはまずスケールにおいてとうてい彼にはかなわない。しかし、残された謎が気にならないわけではない。ときどき、気になる。

 どのような謎が残っているかというと、たとえば、父親がアメリカで過ごした青年期、そして壮年期に、彼が買って読んだ本が二百冊ほど残っている。カリフォルニア大学やハワイ大学で彼は学んだのだが、残っている本を見ると、法律とビジネスにまたがるような勉強をしようとしたのかな、ということがわかる。勉強をしとおしたのではなく、しようとした形跡が、二百冊の本として残っている。

 どの本にも、表紙を開けた次のページに、自分の名前とその時に住んでいた場所の住所が、きれいな英文字で書きつけてある。すべて万年筆を使って彼は書いている。使った万年筆はパーカーだ。これは絶対と言っていいほどにまちがいない。彼は万年筆はパーカーしか使わなかった人だ。そのときどきで種類は異なっても、一貫してパーカーであったことは確実だ。

 住所の下に日付が入っている。二百冊の本をその日付の順番で本棚にならべなおす。そして本棚のかたわらの壁に、アメリカ合衆国の大きな地図を貼る。小さな旗のついたピンを二百本用意して、彼がかつて書きつけた住所にしたがって、一冊につき一本ずつ、地図の上の該当箇所にピンを打っていく。

 すべて打ち終わり、壁から数歩うしろに下がり、その地図のぜんたいを僕は見渡す。するとそこに、父親という謎がひとつ提示されている。若い頃の彼は、あの広い北アメリカを、文字どおり転々としていたことが、二百本のピンによって具体的に理解出来る。西海岸および南西部を中心に、中西部からニューヨークまで、ピンは散らばっている。

 いったいなにを思って、そしてなにをしようとして、彼はこれほどまでに転々としたのか。これほどまでに広い範囲にわたって、これだけ頻繁に移動をくりかえしていたなら、たとえば落ち着いて勉強する時間など、けっして取ることは出来なかったのではないか、と第三者の僕は推測する。

 本に残された日付は、1920年代から50年代にまでまたがっている。自分の生活を支えていくだけでひと仕事だったのではないだろうか。最終的には学歴のようなものは手にしたものの、アメリカを転々としたからにはそれだけの切実な必要があったからであり、趣味でそうしたとはとうてい思えない。では、そのような日々とは、いったいどのような日々だったのか。

 ひとつの謎の輪郭が、すこしだけはっきりする。と同時に、その謎はとたんに深さを増す。本に書き残された住所を、西から順番に訪ねてみようかな、などと僕はふと思う。訪ねても謎は解けない。それは承知の上で。ひとりの父親は、数十年をかけて、二百冊の本に、数本のパーカー万年筆を使って、自分の名前と全米にまたがる住所そして日付という謎を、息子のエンタテインメントのために残した。

(『アール・グレイから始まる日』1991所収)


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2015年10月20日 05:30
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