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エッセイ

過去とはつながっていたほうがいい

 信濃町の慶應病院で生まれた僕は、何日かあとにそこから自宅へと連れ帰られた。自宅へはそのとき初めていったのだから、帰った、という言いかたは当てはまらないようにも思うが、そんなことはどうでもいいだろう。この自宅とその周辺で、僕は五歳まで育った。東京の子供だ。そしてその子供は、お利口な坊やちゃん、と呼ばれることが多かった。これもまた、どうでもいいことか。
 この自宅のあった場所へ、僕はごく最近、いってみた。目白駅を出て道を渡り、左つまり西に向けてしばらく歩き、やがてふと右への脇道に入り、すぐに今度は左へ曲がり、まっすぐいって…

底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 2004年

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