
わたしの片岡義男 No.3八巻美恵「驚き続けるわたし」
考えごとは、小説?
赤い背の角川文庫が毎月のように出版されていたころ、それをいつも書店でみていた。新刊が出ると必ず買って読む作家がわたしにとっても何人かいたが、どんなに待っていても年に1冊くらいしか出版されない。それなのに片岡義男の新刊は毎月のように出るのだ。なんだかおかしい。この作家はどうやってこんなにたくさん書けるのか。片岡義男という名前を語るプロジェクト? などと思いつつ、なんとなく買っては読み続けていた。なんとなく読んでみたいと思ったのだ。
『少女時代』の単行本が出て、その後に書き下ろしがふたつ加わって文庫になった。収録されている短編はどれもすばらしい。なかでも『いなくなりたい』ははじめて読んだときにすごい小説だなあと驚いて、いまも驚き続けている。14歳の高村帆奈美が自分とはなにか、時間とはなにか、と論理的で明晰な日常の日本語で友だちと会話する。彼女についての描写を含めて、誰にも反論はできない14歳の少女による純粋な可能性に打たれる。14歳という年齢はその後に起きた事件で誰もが知ることになった。
やがて片岡義男という人は実在する作家であることがわかった。そしてその後いっしょに仕事をするようになったのは、なんとなく読んでいたことの延長にあるような気がする。片岡義男.comでは小説のデビュー作『白い波の荒野へ』からずっと通して読むのがすてきな仕事のひとつだった。はじめて読む小説がたくさんあったけれども、驚いたという観点からは『友よ、また逢おう』をあげたい。長い小説のほとんどすべてが描写で成り立っている。こんな小説、ほかには知りません。描写といえば、『クロスロード』も美しいストーリーだ。ドロシーとバーバラの二人は過酷な自然現象(←ここに描写がある)をそれぞれ生き延びて、なぜか銀座四丁目でハンバーガーを食べるという束の間に偶然出会い、そしてお互いに微笑してあっさりと別れる。
そして片岡義男.comでは『短編小説の航路』という書き下ろしのシリーズが2018年1月30日にスタートできた。片岡さんにとってはネットでは初めての書き下ろし小説ですよ。うれしいな。『その1 教えてあげましょうか』をチェックしつつ深くうなずいた2行がある。
「それしかない」
女性の質問に「それしかない」と応えているのは小説家の男性だ。片岡さんと会うのはいつも楽しい。仕事のことなど忘れて、そのとき限りの楽しさに身を委ねているのは、あさはかなわたし。あとで思い返すと、片岡さんは小説のことしか考えていないことに気づいて、マジで何度も繰り返しびっくりしてきた。会えばそのたびにこちらのやることが増えてくる事実はそのことの証明だと思う。
編集者 八巻美恵
今回の一冊 電子版『教えてあげましょうか』(2018年)
女と男の25年ぶりの再会
姿の見えないもう一人の女性の存在も
二人の会話は復讐と和解がまだら模様
25年の歳月を経た大人たちの言葉
おそらくは東京、私鉄のとある駅付近
女と男の、過去と現在のストーリー