「片岡義男のぼくのお気に入り道具たち」よりエッセイ5作品を公開
雑誌『BE-PAL』(小学館)に1983年から1985年にかけて連載された「片岡義男のぼくのお気に入り道具たち」からの5作品を本日公開いたしました。1988年に刊行された『彼らと愉快に過ごす』の元となった連載ですが、書籍化の際には大幅に改稿されています。その違いもお楽しみください。
以前から気になっていたブーツを、ついに手に入れた。ラフ・カントリーという呼び名の、大変に頑丈そうなワーク・ブーツだ。重さは両足で2,400グラムある。実物のブーツを手にしてみて、その頑丈さ、つまり重さや堅さ、造りのヘビィ・デューティさを、ぼくはつくづく感銘を受けながら楽しんだ。履き心地は、少なくともただ履いてみる、という段階では、とても優れている。庭を歩き回ってみた。足元はしっかりと固まって重く、さあこい、なんでもこい、という気持にはなる。一体どのくらい徹底して履き込むと、例えばステッチングが切れたり、パターン溝の深いビブラムの底が張りかえを必要とするほどにすり減ったりするのだろうか。ぼくの場合は、履けるものなら履いてみろ、とブーツに言われているような状態だと言っていい。
(『BE-PAL』1983年6月号掲載)
このウオーター・バッグに、ぼくはすでに小さからぬ愛着を抱いている。半透明のビニールでできた、箱と袋のちょうど中間のような感触の、ウオーター・バッグだ。水をいっぱいに注入して取手を持って運ぼうとすると、たちまち裂けてしまうのではないかという印象を持つ人が多いが、そんなことはない。裂けない。非常にタフだ。本来の目的はウオーター・バッグだ。しかしぼくにとっては、簡便なお風呂であり、シャワーであるという、たいへんに貴重な道具だ。山や河で自分だけの時間を楽しむときには、手間を省いてしかも快適に充足できるようなやり方を工夫するのが、ひとりだけの時間の楽しみ方の大きな部分を占めてくる。だから、お湯のシャワーにはそれほど拘らないのだが、例えば自分ひとりではなく、女性が一緒の場合には、彼女のためにやはりシャワーくらい浴びさせてあげたい。
(『BE-PAL』1983年7月号掲載)
夏の日の夕方、一日の行動を終え、熱いシャワーを浴び、ゆっくりと暗くなっていく至福の時間の中で充実した静かな時間を過ごすとき、何を着たら一番快適だろうか。ぼくならまず候補にあげるものが、アメリカのヘインズというブランドの、コットン100パーセントの白い半袖のTシャツだ。ブランド名も、そして実際の商品も、すでにとても多くの人になじんでいる。デザイン的にも簡略でとてもいい薄いビニールの袋に、3枚同じものがパックされている。ヘインズにしろフルート・オヴ・ザ・ルームにしろ、ビニール袋によって三枚がひとつのパックになっているTシャツを、ビニールの袋を開いて身につけるときは、たいへんに幸せな気持になる。
(『BE-PAL』1983年9月号掲載)
ある日、「私、オートバイの免許をとることにきめたの」と、彼女はぼくに宣言した。そして3か月後には、中型自動二輪の免許をめでたく手に入れた。久しぶりに彼女と会ってさしむかいになり、免許証を拝見し、貼りつけてある彼女の写真にぼくは乾杯した。免許が取れたお祝いとして、「オートバイの旅に、つきあってほしい」と彼女は言った。……半年後の秋、ぼくは、彼女といっしょに、オートバイの旅に出ることにした。彼女は400cc単気筒、僕が乗るのは四駆のピックアップ・トラックだ。だから4人用のたっぷりとした広さおよび高さのある、シャープなデザインのジオデシック・ドームを持っていくことができた。ブランケット、料理器具なども、雰囲気の出やすい、どちらかと言えばぜいたくなものを積みこんだ。そして、1週間の予定で、彼女と旅に出た。
(『BE-PAL』1983年10月号掲載)
ぼくは今3種類のカメラを使っている。そのひとつがミノックスの35GTという、かわいらしいカメラだ。グラスファイバー補強マクロロンだというボディに、F2.8で35mmのレンズがついている。幅10センチ、高さ6センチ、そして厚さが3センチという大変な小型で、沈胴式なのでレンズを畳んでしまうと本当に小さい。重量はフィルムなしで190グラムだ。距離は目測、絞りを決めると、その絞りによる光量に対応したシャッター・スピードが自動的に決定される電子シャッターつきだ。このカメラを手に入れて3年くらいになるが、ときたま、面白く使っている。ぼくの個人的な結論を書いてしまうと、ふとなにげなくさりげない写真を撮りたいときに、このようなカメラは適しているようだ。それに、このようなカメラで写真を撮っていると、撮っているときの自分が誰の目にもとまらないようなところがあり、それもぼくは気に入っている。
(『BE-PAL』1983年12月号掲載)
2024年10月11日 00:00 | 電子化計画