短編『この美しい人たちについてぜひ語りたい』より5作品を公開



雑誌『JJ』(光文社)に1981年1月号から連載された短編連作『この美しい人たちについてぜひ語りたい』より5作品を本日公開いたしました。
シアトルのとあるレストランのステージに、さりげなく出てきたジャズバンド。中年男性五人に、トランペットを持ち、シックな大人の色気をまとった若い完璧な美人女性が一人。演奏がはじまると、六人とも練達のミュージシャンたちらしく、実に手慣れたスイングを聞かせるが、手慣れた部分に手垢のようなものを少しも感じさせない。演奏が素晴らしく、視覚的にもこのジャズ・グループはたいへん面白く、素敵だった。四人組で訪れた僕たちは、彼らにそれぞれが魅了された。
感じのいいコーヒー・ショップの奥のテーブルに座る、ジーンズにカウボーイ・ブーツ姿の若い男性。そこにやってきた若い女性が彼の席まで歩いていく。きれいにバランスのとれた体で、しかも顔立ちが整っている。歩いていく彼女の動作は美しく見えた。しかし彼は彼女の短くした髪にも、それに合わせたセーターにも関心を示さない。やがて2軒目のバーで、彼と彼女に決定的な瞬間が訪れる。
秋の気配とまではいかないが、透明感を増した心地よい空気を全身で楽しみながら、彼女は坂道を歩いていく。両足もあらわなジョギング・ショーツに、洗濯したてのちょうどいいサイズの白いTシャツを着て、右手には罐ビール。そして銭湯から出てきたばかりの彼女を待っていたのは、マーキュリー・コメットの2ドア・セダン。
仕事相手である彼女が、陽射しに春の兆しをはじめて感じたという冬の日の夜。店で二人、グラスを傾けつつ、ぼくの「小説のなかに出てくる女性」についての話題になる。書いているのはそれぞれのストーリーの性質にふさわしい女性には違いないが、その姿かたち、歩き方などには共通するものがあると彼女は言う。それがぼくにとっての理想の女性かと問われれば、確かにそうかもしれない。それを通俗的に答えるとするならば……。
ニール・サイモンが脚本を書いた映画『第二章』のノベライズ版がテーマ。物語の骨格は単純だが、得られる楽しみの大部分は、主人公の男女の交わす会話のやりとりの楽しさだ。洒落たゲームのような部分を持つことで、のちの本音と本音のぶつかり合いがどんなものになろうと許容される。これが日本の小説なら、はじめから最後まで、なんの磨きもかかっていない本音のみに終始してしまうのではないだろうか。
2022年4月22日 00:00 | 電子化計画
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