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この国の動きかた

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 政府が提出していた有事法制関連三法案が、第一五六回国会で成立することが確実になった。五月十四日、小泉首相は官邸で次のように語った。「これまでは有事を論議することすらタブーだった。それなのにいま、有事立法をめぐって、与党と野党第一党が合意を見た。これは日本の政治史にとって画期的なことだ」こういう意味のない発言が、本気なのかどうか。それはここでは問わないとして、有事立法をめぐって、内容をともなった真剣な論議がおこなわれた形跡は、どこにもない。そのようなことは、彼らにはそもそも出来ないはずだ。したがってこの合意にも、確たる内容はなにもない。はっきりしたシナリオがあったわけではないとしても、こうなることは最初からわかっていた。論議の果てに合意に到達したのではなく、初めからそこには合意があった。そして事態は合意に向けて動いていき、衆院で九割、参院で八割の賛成を得て、法案の成立は確定した。これがこの国の動きかただ。これまで日本はこれで動いてきた。今後もそのことになんら変わりはない。

 最初の法案に、有事の際の人権に関する言及がいっさいなかったあたりから、合意は始まっている。与党を補完する役目の野党は、人権に関する言及のなさを問題にする。それを受けて新たな文言を追加した修正案が提示される。「人権は最大限守られなければならない」という文言が追加された。これなら結構だ、ではこれでいきましょう、ということになる。論議をつくした上での合意であり、そうであればこそ、議会において圧倒的多数の賛成を得たのだ、という事実がここに出来上がる。だからここでさらに反対する人はどうかしている、ということにもなり、強い反対を押し切って強引に成立させた、といった批判は成立の場を失ってしまう。この程度の法案なら、何十年も前に出来ていても不思議ではない。いまようやく成立したのは、これまではそのような法案の必要性を痛感することがなく、したがって彼らはただなにもしなかったからだ。 

「人権は最大限守られなければならない」という、追加されたこの文言は、一見したところたいへん結構なもののように思える。人権は最大限に守られるのだから、これ以上のことはないではないか、という論理がこの文言の裏に用意されている。この論理を受けとめて、多くの人が安心することだろう。しかし、この文言には、落とし穴がふたつある。

 ひとつは「最大限」という言葉だ。人権が常に「最大限」に守られるのであれば、そして守り得るのであれば、そこにはなんら問題はない。人権は守る、とは言わずに、「最大限守られなければならない」という言いかたの文言を、なぜ法案のなかに固定させたか。「最大限」からその下に向けて、人権に関していくつもの程度差を設けることが、このひと言があることによって、自在に可能となるからだ。

 国家的な最緊急事態であるいまこの状況のなかでは、人権に最大限の配慮をすることは、事態に即応しなければならない軍事的な行動にとって重大な支障となる。したがっていまここでは、人権への配慮はこのあたりまでが「最大限」である、というように、守られるべき人権の程度をどのあたりまでにするかが、そのときその場にいる軍事的指揮官の判断に委ねられることになる。それに、緊急事態というものは、けっして軍事的なものだけに限られるわけではない。

 落とし穴のふたつめは、「守られなければならない」という言いかただ。これは「最大限」のひと言を補完するものであると同時に、人権の内部へもっと深く踏み込んでもいる。人権が守られなければならないのは百も承知しているし、法律にもそのとおりにうたってある。しかしいまここにあるこの緊急事態のなかでは、そんなことは言っていられない、とされてしまうと、それは人権を守る行為の全面的な放棄と直結する。「守られなければならない」とは、守れない場合、したがって守らない場合が、充分にあり得る、ということにほかならない。国家的最緊急事態への対応を優先させるならば、いかに人権を守りたくてもとてもそこまでは出来ないときがある、という落とし穴を法律のなかに設けておくことによって、まだ有事はどこにもない現在すでに、基本的人権は撤廃されたも同然のものとなった。

底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 2004年

今日のリンク|「Wordの履歴機能で、自民党が変えた憲法を見てみる」第9章「緊急事態」(p.20)

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2004年 『自分と自分以外ー戦後60年と今』 憲法 戦後 日本 民主主義
2016年7月10日 05:30
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