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猫が階段で寝ている

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 いつも乗り降りしている私鉄の駅から現在の僕の自宅まで、やや急ぎ足で歩いて三分ほどだ。その三分間の道のりの大部分は、階段によって占められている。段数は百二十段ほどある。僕の自宅があるあたりは高台になっていて、その下の駅や周辺とのあいだには、かなりの高低差がある駅へ向かうときにはこの階段を降りる。電車を降り駅を出て自宅へと帰るときには、この階段を上がっていく。ときたま、駆け上がることもある。

 この階段を使うようになったのは、現在の自宅へ引っ越して以来だ。それまでは、おなじ駅から歩いて七、八分のところに、二十年ほど住んだ。その自宅へいくには、おなじ高台をまず頂上まで上がるのだが、階段から東へ五十メートルと離れていないところに坂道があり、そちらを利用していた。途中までは階段で、あとは気持ち良く急傾斜となった坂道だ。

 この坂道のほうを登ったり下ったりしていた頃にはまったく見かけなかった一匹の雌猫を、西側の階段を使うようになった初日に僕は見た。猫は階段で寝ていた。引っ越した次の日だから僕はなにかと忙しく、この階段を少なくとも三度は、上り下りした。そのつど、おなじ場所に、あるいは少しだけ離れた場所で、猫は寝ていた。この階段を日常的に使う人なら誰でも知っている猫だ。階段猫、と呼んでいる人たちもいる。

 愛想をふりまくタイプの猫ではないけれど、だいたいにおいて可愛がられている。階段に面して建っている何軒かの家のどれかが、外で飼っている猫だと僕は思っていたが、どこの飼い猫でもないようだ。僕の自宅の食堂から見下ろす道を、この猫が夜中に歩いているのを、ふと窓ごしに見ることもある。

 階段のどこかで寝ているか、そのあたりを歩いているか、あるいはどこにも姿が見えないか、その三とおりの生活習慣を、この猫は守っているようだ。寝る場所は階段のあちこちだが、ここあるいはあそこ、さもなくばあのあたり、というふうに、いくつかのきまった場所がある。階段のまんなかの人が歩くところに、長々と体を横たえてひっくり返っていることもある。夏に向けて暑くなっていく季節に、そうしていることが多い。その季節には、階段のそのあたりを、風が吹き降ろすのではないか、と僕は思っている。

 階段の端に前足を揃えてすわっていると、僕は立ちどまって頭を撫でてみたりする。立ち上がって僕の脚のあいだを、体をすりつけながら、何度も出たり入ったりすることもあるが、なんら反応を示さないこともある。猫にも気持ちの乗らないときはあるのだろう。

 三年ほど前、ある日の夜、この猫が階段から自宅まで、僕を先導して送ってくれたことがあった。まださほど遅くない時間、駅を出て道を渡り、階段を途中の踊り場まで上がっていくと、そこにいつもの猫がすわっていた。立ち上がって僕を見上げ、「ニャーン」と優しく言うと、僕から三メートルほど先にたち、階段を上がっていった。

 階段を上がりきると道順は左だ。先を歩く猫は左へ向かい、途中で斜めに道を渡った。僕の自宅は道の向こう側にあり、僕はいつもそのあたりで道を渡っている。そこから十メートルほどいくと、僕の家のガレージが道に面している。このガレージの前から、高いところにある敷地に向けて、階段がある。道からガレージの前へ入り、そこを斜めに横切り、猫は階段を上がっていった。はっきりした目的のもとに、明確な意志にもとづいて、猫は歩いていた。うしろから見ていた僕には、そのことがよくわかった。

 階段を上がるとそこには門がある。門の前で前足を揃えてすわった猫は、階段を上がってくる僕を見上げ、「ニャーオ」と言った。この猫は僕という人を識別することができるのだ。しかもその僕の自宅がどこであるかも、正確に知っている。そしてそれだけではなく、なんらかの理由によって、その夜だけは、僕を自宅まで先導して送ってくれた。

(初出:「酒林」2006年、所収:『ピーナツ・バターで始める朝』2009年)


2009年 『ピーナツ・バターで始める朝』
2016年2月22日 05:30
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