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水鉄砲を買う人

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 今年の夏も水鉄砲を買った。拳銃のかたちをした玩具の水鉄砲だ。夏になってから、ひと月ほどあいだを置いて、一丁ずつ。色鮮やかな透明のプラスティック製で、ひとつは現実に存在するオートマティック・ピストルを模した、その意味ではクラシックな造形だ。もうひとつは、地球を攻撃してくる異星人たちを迎え撃つ宇宙戦争タイプの造形なのだが、握りがあって引き金もあり、さらには銃身がまっすぐに前へ突き出ている様子には、苦笑を誘われる。そしてこの銃身は上下に二連となっていて、水を入れておくタンクが三つもある。両極端のタイプをひとつずつ手に入れて、いま僕は満足した子供のような心の状態を得ている。

 子供の頃、夏になれば水鉄砲を買ったのは、七、八歳から十三、四歳くらいにかけての期間だったろう。戦後の混乱期から安定期へと入っていく頃だ。ブリキをプレスしただけの、粗末と言えば確かにそうだが、良くできていると言うならそれもまた正しい、不思議な玩具だった。荒唐無稽なかたちでありながら、実銃から離れきれていない造形が、なぜか子供の心をとらえた。十歳前後の僕が夏に遊んだそのような水鉄砲をいくつかいまでも僕は持っている。子供の頃の持ち物でいまも自分の身辺にあるのは、何丁かのブリキ製の水鉄砲だけだ。

 ふたたび水鉄砲を買い始めたのは二十数年前のことだった。夏祭りの夜店で売られていた玩具のなかに、プラスティック製の水鉄砲があった。手に取って観察した僕は、これはかなり良くできているのではないか、と思った。夜店の店主はバケツの水を試し射ちさせてくれた。夜のなかに向けて僕が引き金を引く水鉄砲の銃身の先から、水は細く鋭い線となってまっすぐに、予想を越えて遠くまで届くのだった。子供の頃にこんなものがあったらどんなにうれしかっただろう、などと思いながら、タイプ違いに色違いを重ねて、ビニールの袋いっぱいにざくざくと買った。それ以来、夏になると、ピストル・タイプの水鉄砲を僕は買っている。

 水を飛ばすメカニズムはおなじだから、その限りではどの年のものもおたがいによく似ている。しかし前の年に買ったものとおなじ製品に出会うことは、少なくともこれまでは、一度もなかった。前年の売れ残りが次の年にふたたび出荷されることは充分にあり得るが、年ごとに新しい製品が作られていることも確かなようだ。僕みたいな人が日本にはたくさんいるのだろうか。それとも、水鉄砲はいまもまだ、子供たちにとっては、欠かすことのできない夏の小道具なのか。

 近所の子供たちをかき集めてふた組に分かれ、真夏の強い陽ざしの下で水鉄砲を射ち合って遊ぶひとときは、ほんとうに楽しいものだった。追いつ追われつしながら水を射ち合うだけなのに、あれがなぜあんなにも楽しかったのか。片手に水鉄砲、そしてもういっぽうの手には、水を満たした空き缶を持って走るのが、射ち合いの正しいスタイルだった。最後はちょっとした喧嘩になることがよくあった。こいつが俺の耳のなかに至近距離から射った、と言って取っ組み合いになり、ほどのよいところでそれを仲裁して、その日の水鉄砲遊びはそれでおしまいだ。

 秋が始まった頃、夜のまだ早い時間に風呂に入っていると、棚に置き忘れたままの水鉄砲が目にとまる。湯のなかにつけて引き金を何度も引き、銃身のなかのタンクに湯を満たし、湯気で曇っている窓ガラスに向けて射つと、ガラスから湯気はきれいに拭い去られ、そのガラスごしに、晴れて澄みきった秋の夜空に、もうちょっとで満月になる月が、くっきりと浮かんでいるのが見えたりした。

 今年の水鉄砲が二丁、いまデスクの上にある。さきほどから一丁ずつ交互に手に持っては、感触を確かめている。水を射ちたくなってきた。風呂のなかでシャンプーのプラスティック・ボトルを射って遊ぶのもいいけれど、せっかくだから真夏の晴天の下で陽ざしを全身に受けとめながら、バケツの水を水鉄砲のタンクに満たしては、引き金を引いてその水を飛ばしてみたい。明日の午後、ヴェランダで、そうしよう。本物の向日葵そっくりにできた造花ひまわりの向日葵があるから、あれを庭の地面に差し込んで立て、ヴェランダからそれを標的に水を射てばいい。

 二十数年分の、さまざまなかたちと色の、しかしすべてプラスティック製の水鉄砲が、自宅の倉庫に保管してある。あちこちに散在しているのは確かだが、捨てたりはしていない、買ったものはすべて取ってある。それらをすべて探し出して一堂に集め、順番にかたっぱしから試射してみるのは、ひとときの遊びとしてなかなかいいのではないか。造花の向日葵は、思いがけない水浴びを、楽しんでくれるかどうか。

底本:『ピーナツ・バターで始める朝』東京書籍 2009年

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2009年 『ピーナツ・バターで始める朝』 子供 少年時代 水鉄砲
2016年8月21日 05:30
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