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ひとりの大人として、自分の周囲にあるすべてを、全面的に引き受けることの出来る人

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 夫婦、家庭、家族の小説が、なおも続く。アメリカには、夫婦と家族についての小説が、じつに多い。範囲を多少とも広く取るなら、ほとんどの小説が、この分野におさまるのではないだろうか。

 夫婦、親子、そして家庭を描くとき、たいへんな力量を発揮するロブ・フォーマン・デューの、『デイルはソフィーを死ぬほど愛している』を、僕は読んだ。構成が素晴らしく凝っている。人物の配置は、あらまし次のようだ。

 小さな子供を三人持った、まだ若い夫婦が、ニュー・イングランドに住んでいる。毎年、夏になると、奥さんは三人の子供たちを連れて、里帰りをする。里はオハイオ州の田舎町だ。里、などという言葉は、日本的だと思うかもしれないが、オハイオ州の田舎町ともなると、里という言葉がかなりぴったりくる。

 里帰りは三か月ほど続く。そのあいだ彼女が子供たちと住むのは、かつては自分の生まれ育った、そしていまは他人のものになって他人が住んでいる、一軒の古い家だ。いまの住人は、夏のあいだヨーロッパへいってしまう。家具も炊事道具もすべてそのまま、住む人だけが入れ代わる。家族や親子について書く小説のための、抜群にすぐれた状況設定の着想だ。

 彼女の両親はその町に健在だが、いまは離婚していて、それぞれ別の家に住んでいる。しかし、娘が夏のあいだ住む家からは、両親がそれぞれひとりで住んでいる家が、どちらもよく見える。

 母親は室内装飾の仕事をして自立している。かつての夫とは電話でよく話をするし、頻繁に会ってもいる。里帰りしている娘の兄が、近くに住んでいる。その兄がかつて結婚していた、地元出身の女性が、ニューヨークから訪ねてくる。そして里帰りの娘には、十代の頃の恋人であり、いまも親しい関係が持続されているひとりの男性が、配してある。

 ニュー・イングランドでひとり暮らしをしている夫は、家族がいなくなった家のスペースに、奇妙に楽しい違和感を感じつつ、子供のいない友人夫妻の家に入りびたって過ごす。そしてその夫婦のところには、奥さんの妹が、幼い娘を連れて滞在している。夏のあいだ独身暮らしの夫は、その妹と関係を作ったりする。

 四百字詰め原稿用紙で七百枚ほどの小説のなかで、これだけの関係をさばきながら、日常のこまごました世界を描き出しつつ、ひとかたまりになった深い感情世界を書いていくのは、なみたいていのことではない。途中ですこしだけ混乱するけれど、作者は里帰りの娘に多くの比重をかけて、存分に自分の小説を作っている。

 父親と母親、その娘、そして娘が夫と作っている夫婦の関係、というひとのつながりが、この物語の中心軸だ。娘が内面でかかえている問題のそもそもの発生原因は、彼女にとって父親がひどく遠い存在であり続ける事実にある。しかし、そのことをいくらつついても、埒はあかない。だから作者は、娘が自分の周囲にある関係を過去までさかのぼってたどりなおし、遠近をつけなおし、その結果として、ひとりの大人として自分のまわりのすべてを全面的に引き受けることの出来る大人へと移行してしくいく様子を、丁寧に描いていく。

 彼女の心の内部の一点から、あるときは鮮烈にほとばしり出る、そしてあるときはひそやかに忍び出る、感情の尾根は、複雑な険しさをきわめると同時に、なだらかで深々と甘い。彼女の感情世界の奥行きや広がりに、安定したバランスが生まれてはじめて、小説は終わりに近づく。読みごたえの充分にある、いい小説だ。

底本:片岡義男エッセイ・コレクション『本を読む人』太田出版 1995年


1995年 『デイルはソフィーを死ぬほど愛している』 ロブ・フォーマン・デュー 書評 片岡義男エッセイ・コレクション『本を読む人』
2016年4月16日 05:30
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