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とてもいい友人どうし

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 彼と彼女は、そろそろ四十歳に近づく年齢の、同世代の日本人だ。どちらも二十代の後半に結婚し、どちらも三十代のなかばには離婚した。いまはふたりとも独身だ。都会のなかで多忙に、しかしそれなりに楽しく、日々を送っている。

 このふたりが、ある日あるところで、知り合った。交際がはじまり、友人どうしとなり、さらに親しさは増し、恋人どうしと言っていいような状態へと、ふたりは入っていった。

 恋人どうしとしての期間がしばらく続いたあと、ふたりは結婚することになった。どちらが言いだすともなく結婚の話が持ち上がり、どちらも結婚に賛成した。ふたりは記念に外国旅行をした。その旅行のなかで、結婚へのおたがいの意志は、強くかためられた。

 結婚にむかっての現実的なプロセスのひとつひとつを、ふたりはたどりはじめた。いっしょに住む部屋をどこにみつけるか。仕事と家庭の両立を、どのようにはかるか。それぞれの収入をどんな配分で家計にまわすか。毎日の家事をどのように分担していくか。子供は作るのか作らないのか。結婚式をどうするか。披露宴はどのようなものにするか。ふたりがいま所有している家財道具をすべて持ち寄ると、数がたいへん多くなる。それをどう処理すればいいか。おたがいの両親に会わなければいけないが、どんな段どりにすればいいか。

 というような、現実のさまざまな問題にひとつずつ対処しているうちに、ふたりの仲は次第にぎくしゃくしはじめた。趣味や意見のちがいは、軽いあつれきへと発展し、やがて喧嘩がひんぱんに起こるようになり、ついにふたりの仲はたいへん険悪になった。仲間たちがうらやむような恋人どうしだったふたりは、結婚への準備をとおして、ことあるごとに対立し喧嘩をする仲になってしまった。そして、最終的で決定的な大喧嘩の果てにふたりは結婚の約束を解消した。

 ふたりがあとで僕に語ってくれたところによると、二度めの結婚へのプロセスは、最初のときほどに新鮮に心はずむものではなかったそうだ。どちらも離婚の体験者だし、四十歳が近くもなると、自分の生活の方法がすっかり身についていて、そこへ他人をひとり加えることがなかなか円滑には出来ないのだという。結婚にむけてふたりの生活が接近すればするほど、対立は増えていったそうだ。

 いまも独身の彼らは、とてもいい友人どうしに戻った。ふたりだけに通用する独特の親密さのなかで、なにを言っても許される、そしてほとんどのことについて微妙なとこまでわかりあえる貴重なパートナーとして、ふたりはおたがいを支えあっている。

底本:『アール・グレイから始まる日』角川文庫 1991年


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2016年3月29日 05:30
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