アイキャッチ画像

『上を向いて歩こう』

縦書きで読む

Share on LinkedIn
LINEで送る
Pocket

一九六二年三月/日活〔監督〕舛田利雄〔出演〕坂本九・浜田光夫 他

 中村八大の作曲、永六輔の作詞、そして坂本九が歌った「上を向いて歩こう」は、一九六一年に大ヒットとなった流行歌のひとつだ。坂本による次のヒット「見上げてごらん夜の星を」は一九六三年の出来事だ。少なくともそのときまでは、「上を向いて歩こう」のレコードは売れ続け、この歌は当時の日本に生きていた誰もが知るところとなった。

 一九六二年の三月に公開された『上を向いて歩こう』という映画は、この歌の大ヒットに便乗して製作された作品で、歌った当人の坂本九が主演している。当時の坂本九のキャラクターがどのようなものであったか、四十数年をへて多少でもいいから知ろうとするとき、このような映画は貴重な資料だ。

 坂本九と浜田光夫のふたりが主役だ。そして彼らは、少年鑑別所を集団脱走した少年たちのうちのふたりである、と設定されている。少年たちがラグビーに熱中する運動場に、窓の鉄柵を切るためのやすりが投げこまれるところから、この映画は始まっている。生まれや育ちでハンディキャップを背負い、その上さらに少年鑑別所に入るだけの負の実績を早くも持ったふたりの少年が、脱走後にどのような日々を送るかが、物語の背景となっている。これだけのハンディキャップを背負ってなおかつ、取り柄としては純朴な若さしかないのだから、脱走後の日々がどのようなものとなるか、映画の進行を先まわりして、充分に見当がつく。ただひたすらなる勤労の日々だが、そこへたどりつくまでに越えなければならないハードルはさまざまにあり、この映画はそれを描いている、ということにしておこう。

 脱走して逃げる途中、看守たちに追われる坂本と浜田は、たまたまとおりかかった軽トラックの荷台に上がり、シートの下に身を隠す。その軽トラックの持ち主は、鑑別所を出た少年たちを引き取り、運送業の仕事を教えて更生させ、独立へと導いている人だ。顔見知りである看守たちをかわし、彼は荷台の坂本と浜田を自宅へ連れて帰る。そしてふたりはそこに住み込む。ふたりが鑑別所から脱出した事実を、彼はなんら問題にしないようだ。彼だけならそれでいいとしても、少年たちと鑑別所との関係のなかに、彼が介入することはできないはずだし、脱走した少年たちをそのままかくまってもいいはずはない。こうしたことぜんたいがどのような経路で不問にされていくのか、映画のなかにはなんの説明もない。まあとにかくそういうこと、という話なのだろう。半分がとこはコメディでもあるのだから。

 坂本と浜田はここに住み込む。浜田はすぐに出ていくようだが、ふたりに関して生い立ちその他、背景はいっさい語られない。「俺は九人兄弟の末っ子で、親はもう名前をつけるのも面倒だったから、名前はただの九」と坂本が冗談を言うのが、彼らふたりをめぐるいわゆる家庭環境に関する、唯一の発言だ。家庭環境といえば、少年たちを引き受ける運送業の男に妻はいないようだ。しかし娘はふたりいて、次女を吉永小百合が演じている。

「俺はなんにもできないし、なにをやればいいのか、なにをやりたいのか、まるっきりわからない」と言う坂本は、住み込みの仲間たちとよくなじみ、何台もの軽トラックによる運送業に真面目に取り組む。なんにもできないと言うけれど、歌はなかなかのものだ。住みこみ青年たちの居住空間である長方形の部屋には、長辺の壁に沿って二段ベッドがならんでいる。ベッドのあいだは、部屋のまんなかをとおる狭い通路だ。ここで坂本は「あの娘の名前はなんてんかな」という歌を披露する。二段ベッドのあちこちに位置を取り、坂本の歌に参加するようなしないような微妙なところで歌を盛り上げるのは、ダニー飯田とパラダイス・キングのメンバーたちだろう。歌っているときの坂本の魅力をうまくとらえた、この映画で唯一の名場面だ。

 坂本は仕事にはげむ。築地の魚河岸で魚を軽トラックに積み込み、どこかへと運んでいく仕事に彼は嬉々として取り組む。ほどなく彼専用の軽トラックを新車としてあてがわれ、彼はそれに夢中になる。このような性格が坂本には設定されていて、それは彼によく似合い、無理はどこにもない。映画という虚構のなかから現実へと彼を解き放したなら、ほぼおなじような生活状況に身を置くのではないか、などと思ってしまうほどだ。

 吉永小百合の演じる次女の紀子には、姉として長女の光子がいる。光子は小児麻痺であるという設定で、車椅子の生活をしている。しかしトレーニングさえ積むなら、日常生活にはまったく困らない程度には、自力で歩くことができるようになるはずだ、という診断が出ている。駄目よ、できないわ、そんなこと私には無理よ、という自分で作った強固な枠のなかに、光子は閉じこもっている。彼女をその枠の外へと引き出す試みを、坂本が引き受ける。休みの日には軽トラックで彼女を外へ連れ出し、歩く訓練をさせる。彼にあたえてある性格の表現としては甘いパターンだが、後年の彼とまっすぐにつながるものでもあることを思うと、現実の坂本の持ち味や雰囲気、性格などから引き出して当てはめた設定だということはよくわかる。

 浜田にあたえてある性格は、坂本にくらべるともっと不安定なものだ。なにごとも強く思いこみ、いったん思いこむとそれにむけて直進しようとする性格、とでも言えばいいか。その彼が一途に思いこんでいる対象は、ジャズのドラムス奏者になることだ。鑑別所を脱走したとき、彼はドラム・スティックを持っていた。いつも大事に持ち歩いている。鑑別所に入る以前、彼はプロのカリスマ的なドラムス奏者から多少の手ほどきを受けた。浜田がドラムスに託している思いは、俺はドラムを叩きてえんだ、ドラムを叩くとすかっとするんだよ、という種類のものだ。

 俺はドラムを叩きてえんだとは、いったいどういうことなのか。熱狂的な演奏によって可能になる忘我の境に、宗教的な色合いを重ねるあたりまでいってみたい、というようなことか。そのためのきっかけとして、彼には主題が必要であるはずだが、それは描かれない。彼自身、そんなことは思ったこともない、という状態なのだろう。ドラムそのものが主題なのかもしれない。銀座の楽器店のウィンドーに飾ってあるドラム・セットを、体を揺すりつつ相好を崩さんばかりにして夢中で見つめ、ついには衝動を抑えきれずそのドラム・セットを勝手に叩き、店の人に追いかけられる。

 そんな彼だから、運送業で地道に働くという方向には進まない。かつてたむろしていたジャズ喫茶に、ふたたび入り浸る、という状態で日々を過ごす。手ほどきをしてくれたドラムス奏者はまだそこで演奏しているが、いまは麻薬中毒となっている。浜田はそのバンドのバンド・ボーイになる。しかしバンド・ボーイとしての仕事ぶりは、いっさい描かれない。叩きたい、熱狂したい、と彼が思いつめるジャズ・ドラムは、バップのあとその上に立って展開されたモダン・ジャズつまりフリー・ジャズやファンキー・ジャズなどだろう。「これからのバンドはいい加減では駄目なんだ」というひとりのメンバーの台詞がある。いい加減とは、どういうことか。バップがなにであったのかすら、そもそもなにも知らない、といった状態を意味しているのではないか。

 自分たちが無知なままでいた領域の認識と、そこでの果敢であるがゆえに革新的となった試みとを、バップは同時におこなった。単に熱狂してうるさく騒いでいるだけのように思えて、じつはそのような表面の下には、整然とした理論が展開されていた様子の一端なりとも、薬の効いているときのドラムス奏者が浜田に教え諭す場面がひとつでもあれば、それは誰よりもまず浜田自身に肯定的に作用したはずだ。

 このジャズ喫茶には、ノミ行為で稼ぐやくざ組織の末端のような男たちのグループも、常にたむろしている。この男たちの兄貴分を、若き日の高橋英樹が演じている。ドラムス奏者はノミ行為の常連でもある。薬代を稼がなくてはいけないからだ。しかし負けはこむいっぽうで、ついには彼はドラム・セットをかたに取られる。浜田はほとんど逆上する。手段はどうであれ、持っていかれたドラム・セットを取り返すことしか頭にないまま、彼はそれを実行に移す。そして男たちに殴られる。

 その浜田をそそのかす男がいる。お前の知ってるあの運送屋から、軽トラックの新車を一台でも盗んでくれば、ドラム・セットとちょうど釣り合うくらいのかねになる、というのだ。だから浜田はそのとおりにする。盗みだすのは坂本にあたえられた新車だ。途中で刑事の車に追われた浜田は、ハンドル操作を誤って電柱に衝突し、トラックは横転する。

 この刑事が、日活映画ならではの不思議な存在だ。ここというときには、彼はその場になぜかかならずいる。坂本の更生ぶりを物陰から見て満足そうにうなずいたかと思うと、軽トラックを盗んできた浜田を待ち構えていて、「追うんだ!」などと部下に命令し、黒い車で追いかけたりもする。企てがすべてうまくいかない浜田は、ジャズ・バンドの控えのドラムス奏者が受け出してきたドラム・セットを、ジャズ喫茶のステージで壊し始める。どうにもならない激しい思いをぶつける、というようなことなのだろうか。

 ノミ屋の兄貴分の高橋は、実業で成功していまは絵に描いたような富裕層の男が、かつて愛人に生ませた子供だという。愛人はほかに男を作り、子供を捨ててどこかへ消えた。こういう生い立ちに設定されている高橋は、父親に受け入れてもらいたい、溺愛されているもうひとりの息子とおなじように自分も愛されたい、といった願望を生きている。その息子がかよっているのとおなじ大学を高橋は受験し、合格する。城北大学だということだが、合格発表を見にいく場面で画面にあらわれるのは、早稲田大学だ。ほんの数カットだが、いろんな意味でそこは撮影しやすい場所だったのだろう。

 高橋は父親に合格を知らせにいく。もうひとりの息子は、ホーム・パーティで人々からなにごとかを祝福されているところだ。この青年とも、高橋は兄弟としての親しい信頼の関係に入りたいと願っている。しかし高橋は父親からもそしてもうひとりの息子からも、冷たくあしらわれる。深く悲観した高橋は、暗く救いのない義憤に燃えつつ、ひとりその場を去る。

 富裕層の男にはなぜか妻がいる場合が多い、という気がする。ホーム・パーティの場面にこの妻がいる。もうひとりの息子にとっては母親だ。高橋とは血縁はないけれど、されるがままの高橋をただ見ているだけで、彼女はなにも言わない。夫や息子の言いなりに生きていることの延長として、理不尽な扱いを受ける高橋に声もかけないのか、などと僕は思ってみたりする。画面を見ているだけではよくわからないから、あとでいろんなふうに推測をめぐらせてみる。それでもまだわからない。言いなりに生きるというありかたは、富裕層であるがゆえに可能なことである、などと設定されているのかもしれない。

 実の父親に自分という存在を認めてもらい、それがやがて愛に変わっていくことを高橋は期待していたのだが、期待は砕け散ってしまった。彼が沈んでいく悲しみの底には、冷たい憎悪の感情がある。よし、俺はもう妙な色気は出さないんだ、これでいくんだ、徹底して悪党になるんだ、と周囲の男たちに宣言する。

 映画の展開をここまでかなりの文字数を使って説明してきたが、それには理由がある。運送業の男、永井の次女、紀子について書くためだ。映画が終わる寸前までの、ぜんたいのいきさつを説明しておかないと、紀子について書くことができない。

 住み込みの少年たちにとって、彼女はほぼおなじ年齢の寮母のような存在だろう。坂本と浜田のどちらに対しても、彼女が恋愛的な感情を抱くまでにはいたらない。役としては確かに設定されていて、ときどき画面にあらわれるけれど、紀子はほとんど機能しないままだ。

 しかし、最後の部分に到達していきなり、唐突に、自分の信念を述べて関係者全員を折伏する役を、彼女は果たす。その述べかたは、語りかけるのではなく、かと言って演説でもなく、頭ごなしに叱りとばしたり怒鳴りつけたりでもなく、突然に立ち上がっておこなう短いスピーチのような述べかただ。

「悲しいときには笑うのよ。つらいときには上を向くのよ。なぜみんなそんなに憎み合うの。愛するのよ。手をつなぐのよ。歌えばいいんだわ」というような内容のスピーチだ。それまでの紀子がなんら機能していないから、そのことの当然の延長として、このスピーチも唐突であることの効果以外は持たないはずだが、なぜかこれをきっかけにして全員が手をつなぎ腕を組み、「上を向いて歩こう」を笑顔で歌いながら歩いていくことになる。この場面がしばらく続いたあと、やがてそこに「終」の文字があらわれる。

 吉永小百合が日活と契約してからの出演作品は、この『上を向いて歩こう』で二十五本目となる。日活が彼女のために用意した、あるいは彼女をはめこんだ、役どころや役柄、さらにはキャラクテールといった言葉も使えるかと思うが、そういったことぜんたいの限界が、この作品にもっともはっきりと出ているのを、僕という観客は見なくてはいけない。吉永小百合がその能力を発揮できるような役が、ストーリーのなかにごく不充分なかたちでしか作られていないにもかかわらず、そのストーリーぜんたいが体現する信条のようなものを、台詞だけで念押しする役割を彼女は担わされてきた。このことが持って当然の限界を、二十五本目にしてまだ観客に見せてしまう日活は、二十五本も使っていったいなにをしてきたのか。

(底本:『吉永小百合の映画』東京書籍 二〇〇四年)


今日のリンク|今日は坂本九『上を向いて歩こう』がビルボード・チャート1位を獲得した日

関連リンク_『上を向いて歩こう』

関連エッセイ


1960年代 2004年 『上を向いて歩こう』 『吉永小百合の映画』 吉永小百合 女優 映画
2017年6月15日 00:00