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テキーラの陽が昇る

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 会議は二時間、続いた。十五分の休憩があり、会議は再開された。それから一時間が経過していた。さらに一時間は、続くはずだ。この会議をとりしきっている男性は、会議のためにこのような時間のとりかたをするのが、好みだ。休憩をあいだにはさみ、四時間ほどかけて、すべてをいっきに決定してしまうのだ。

 会議の議題は、あるひとつの新製品についてだった。その製品を売っていくための、もっとも中心となる方針を、出来るかぎり具体的に浮かびあがらせ、その方針を実行に移すためのさまざまな手段を、これも可能なかぎりたくさん考え出すことが、この会議の目的だった。

 その新製品を買う人たちとして想定されるのは、都会で仕事をしている独身の女性たちだった。二十六、二十七、二十八、といった年齢の女性たちが購買者の中心になってくれたなら、この製品は成功する、という前提の上に、この会議は立っていた。

 都会で仕事をしている独身の二十七歳の女性といえば、この自分ではないかと、彼女は思った。自分は、この新製品を買うだろうか。そう思ったとたん、彼女の口もとから、ごく淡い微笑が、頰を伝わって目もとまで、ひろがった。

 あれば便利かもしれない。しかし、こんなものがなくてもすむような状況、あるいは、こんなものを製品として考えつかなければならないような状況がどこにもなければ、それに越したことはない。彼女の微笑は、すこしだけその輪郭を深くした。

 さきほど彼女がおこなった長い発言の内容をめぐって、男性たちが議論をしていた。論の展開の範囲はせまく、展開していくテンポは、緩慢だった。

 自分はいま、なにが欲しいだろうか、と彼女は思った。答えは、すぐに出た。この部屋に窓が欲しい。

 会議がおこなわれているこの部屋には、窓がなかった。窓の代用のつもりだろうか、いちばん奥の壁には、海を描いた大きな絵が、アルミニウムのフレームにおさめて、かけてあった。この絵を見るたびに、季節はいつなのだろうかと、彼女は不思議に思う。

 この部屋に窓があったなら、その窓からなにが見えるのだろうか、と彼女はさらに思った。雑多な建物がぎっしりとならんでいる、都会の一角だろうか。

 雨に濡れた庭が見えて、無数に重なりあう濃い緑の葉のなかに、白い花が一輪だけ咲いているというような風景は、どうだろう。悪くない。悪くはないけれど、会議をしている部屋から見える景色として本当にふさわしいかどうか、問題が残る、と会議口調で彼女は思った。

 風呂ならどうだろう、と彼女は空想した。風呂の窓から、そのような景色が見えるのだ。

 浴槽に湯を満たし、そのなかに自分はいる。両脚を湯の下にのばし、背を浴槽の縁にもたせかけている。湯は、肩のすぐ下まで来ている。鎖骨が肩につくるかなり大きなくぼみのなかに、掌に半すくいほど、入っている。そしてそのことに、自分は気づいていない。あ、いい、と彼女は単純にうれしくなった。

 深い微笑が、彼女の顔に広がった。男性たちのひとりが、あまり面白いとも言えないような冗談を言い、それに出席者の全員が笑った瞬間に、彼女の微笑は同調した。

 浴槽の外には、タイル張りの縁がほんのすこしだけあり、窓はその外だ。窓ガラスは浴槽の縁から天井まであり、浴槽のなかにすわっている自分が顔を窓にむけると、ガラスは顔のすぐまえだ。

 そのガラスごしに、雨に濡れた緑の葉と、一輪だけの白い花を、自分は見る。窓ガラスを指先で拭ってみる。顔を接近させてみる。白い花に、感情が急激に移入されていく。あの花は自分だ、と自分は思う。あ、これも、いい。雨に濡れている白い花に、きわめて情熱的な口づけをしたい衝動に駆り立てられる。いいぞ、いいぞ。

 自分は一軒の家に住んでいるとして、その家の浴室の窓から、そんな景色が見えるのだろうか。毎日のことでは、せっかくの景色が新鮮ではなくなっていくような気もする。旅館の部屋の、風呂から見える景色だろうか。旅館は、明らかに陳腐だ。友人の家? あるいは、姉夫婦が住んでいる家? しっくりこない。引越した先の家の、浴室から見える景色だろうか。なじんだ場所では、いけないような気がする。しかし、まるではじめてでもいけないし、二度とくることはない、というような場所でもいけない。

 白い花が一輪だけ咲いている庭はおなじとして、その浴室がたとえば中二階のような高さにあったなら、雰囲気は大きく変化するだろう。庭に何本もある樹の頂上が、その浴室の窓の、下の縁とおなじくらいだ。浴室にいるときはいつも、自分は空中に浮き上がっているような気分になれる。白い花は、窓ガラスに額をつけて、下を見下ろすと見える。

 窓から見える何本もの樹の、配列のされかたに注文をつけたい、と彼女はひとりで思った。樹の重なりかたが、窓の外を見ている自分の視線を、右に左にゆるやかに蛇行させながら、奥へ奥へとひっぱっていってくれるような、そんな配列であって欲しい。

 寝室に主寝室があるように、このような中二階の浴室は、主浴室だろう。簡単にシャワーを浴びるだけのシャワー・ルームが別にあり、そこには立ってシャワーを浴びている自分の顔の位置を中心にして、ほどよい大きさの窓があり、その窓からは、一本の樹の頂上と、そのむこうの空だけが見えるといい。夜、明かりなしでシャワーを浴びると、月の光がその窓から自分の裸の体に射しこんでくる。

 主浴室は、雨の午後も素敵だし、夜もいい。樹のむこうに照明があり、樹にかこまれた闇のなかを、複雑に照らす。雪の日も、素晴らしいだろう。真夏の油照りの日も、美しいにちがいない。台風が直撃する日の午後、風と雨を受けとめる樹々の音と動きとを、浴槽のなかで自分は感じとる。

 風呂について空想していると、次第に気持ちが高揚し、楽しくなってくる自分に、彼女は気づいた。もはや、会議からは、彼女の気持ちは完全に離れていた。

 彼女が風呂に入ると、四方八方に湯が飛び散る。幼い頃から、そうだ。きみが風呂に入ったあとは、男のこが何人も、水遊びをしてあばれまわったあとのようだと、父親が言っていたのを、いま思い出す。祖母も言っていた。母親は、早くに言い飽きたのだろう、なにも言わなかった。

 音は、普通以下の静かさだ。しかし、湯が、盛大に飛び散る。自分ではそんなつもりはまるでないのに、浴室から出るとき見渡すと、確かに浴室ぜんたいが水をかぶったようだ。浴室のなかで気持ちの内部のなにかが解放され、体の動きが大きくなっているのではないだろうかと、彼女は思っていた。

 風呂を題材に、楽しく高揚していく気持ちを、すこしだけひきしめようと、彼女は思った。会議にふさわしい顔をしていなければならない。

 やや悲しげにしているとき、きみの顔や雰囲気は男性の想像力をもっとも刺激する、とかつてひとりの男性が彼女に言った。

 悲しいことを考えよう、と彼女は思った。悲しいことを思えば、表情も雰囲気も、悲しげになるだろう。

 さきほど想像したようなシャワー・ルームで、夜おそく、月の光だけでシャワーを浴びているとき、たとえば自分は泣いているといいのだと、彼女は思った。

 どんなことが理由であるにせよ、自分はシャワーを浴びながら、泣いているのだ。どんな泣きかたがいいか。涙がとめどなくあふれ、頰を伝って流れ落ちていくような、そんな泣きかたがいい。

 なんの脈絡もなく、彼女は、マルガリータを思った。そうだ、月明かりのなかでさめざめと泣いてシャワーを浴びながら、自分はときどき手をのばしてマルガリータのグラスを持ち、大きくひと口ずつ飲んでいるといい。

 グラスの縁につけてある軽い塩の味に、頰を流れてくる涙の味が加わる。いい、とてもいい。

 そのマルガリータは、ブルー・マルガリータが正解かもしれない、と彼女は思った。シャワーを浴びて外の化粧室へ出てきたとき、飲んでいたマルガリータはじつにブルー・マルガリータだったのだと、もしこれが映画なら、観客にわかる。シャワーを浴びたあとの自分の裸の体に、ブルー・マルガリータのブルーは調和するだろうか、と彼女は思った。

 シャワーを出てからは、普通のマルガリータにする。さらに二杯も飲めば、酔って眠ってしまう。マルガリータによる、熟睡だ。

 そして次の日の朝、昨夜のマルガリータがすこしだけ尾を引いて、彼女の内部で、テキーラの陽が昇る。

(底本:片岡義男エッセイ・コレクション『「彼女」はグッド・デザイン』太田出版 一九九六年)

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