アイキャッチ画像

『幸せは白いTシャツ』

縦書きで読む

Share on LinkedIn
LINEで送る
Pocket

 一九九四年の夏に出た『狙撃者がいる』が、いまのところ僕にとってもっとも新しい角川文庫だ。そこから『湾岸道路』までさかのぼるあいだに、五十七冊の文庫がならんでいる。そして『湾岸道路』からいちばん最初の角川文庫である、『ぼくはプレスリーが大好き』に至るまでには、三十冊の文庫がある。こうした数の文庫のなかに、オートバイとそれに乗る人の出て来る短編が、おそらくいくつもあるに違いない。そしてそれらの短編を、ここではすべてバイパスしたい、と僕は思う。『湾岸道路』から二冊さかのぼると、そこには『幸せは白いTシャツ』という作品がある。文庫のために書き下ろしたこの中編小説を、ジャケットの袖の短文は次のように紹介している。

『時間の経過は誰に対しても均等で公平です。問題は、その時間のなかでなにをするかです。美しい彼女は旅に出ました。旅に出ているあいだに両親は離婚し、帰る家がなくなってしまいました。旅の行くさきにも、あてはないのです。すくなくとも二年は帰らないという意志があるだけです。旅の彼女に、陽が照り風が吹き、雨が降ります。それだけで、彼女は充分に幸せなのです』

 この文章も、僕が書いた。そしてその文章は、『幸せは白いTシャツ』という小説世界を、そのままに言いあらわしている。読んでいくと、このとおりの内容だ。オートバイによる旅先から、彼女は何度も自宅へ電話をかける。電話のたびに、両親の離婚の進展を、母あるいは父から、彼女は聞いていく。その離婚は、肯定的にとらえることの出来る、美しい離婚だ。そして両親がそのように離婚したからといって、旅に出ている彼女において、なにがどう変わるわけでもない。旅はなんのあてもなしに、しかしきわめて幸せに、連続していく。その旅先での見聞を、彼女は手帳にびっしりと書き込んでいく。彼女が使っている手帳は、いわゆるバイブル・サイズのファイロファクスだ。

 若く美しい彼女は、オートバイでおこなっている旅、という日常だけを引き受けている。両親の離婚は、電話の彼方の、両親にのみかかわる出来事だ。彼女が引き受けている日常は、たとえば一枚の白いTシャツに象徴され得るほどに量が少なく、しかも質的に一定の次元と方向に、きれいに統一されている。そのことが彼女にあたえている、生き身の三次元の存在としての輪郭は、常にきらきらと輝きを放っている。現実のなかに生きながら、同時に彼女は夢のなかの存在のようでもある。両親がおこなおうとしている美しいかたちと内容の離婚は、それに付随しているもうひとつの夢だろう。

 このなかなか不思議な小説は、次のように始まっている。冒頭の四ページほどを、検討材料としてここに採録してみよう。


 骨盤と背骨をまっすぐにのばして、彼女はオートバイのシートのうえにあぐらをかいていた。
 白いTシャツに、何度も洗って色の落ちたブルージーンズをはいていた。両足は、素足だった。脱いだソックスは、オートバイのステアリング・ヘッドのうえにかさねてあった。
 ブーツが、エンジンのダイナモ・カヴァーの左わきに、そろえて脱いである。分厚いヴィブラムのラグ・ソールのついた、頑丈なライディング用のブーツだ。両足ともチェンジ・ペダルのための補強パッチが、つまさきに当ててある。丈の低い夏草が、ブーツやオートバイの周囲いちめんに生えている。
 オートバイは、空冷4サイクルの、並列直立2気筒だ。排気量は、ふたつのシリンダーをあわせて、444CCになる。バランスのとれた車体は、全長が211センチで、地面から前のウインカーまでの高さが88センチだ。黒く塗装した部分とクローム・メッキの部分とで成り立っているその車体は、大きさも雰囲気も、シートのうえであぐらをかいている彼女によく似合っていた。
 シートのうしろに大きくふくらんだサドル・バッグが左右へ振り分けにして固定してあり、おなじく大きくふくらんだダッフル・バッグが、彼女の尻のすぐうしろから縦に寝かせて、ストレッチ・コードでとめてあった。ダッフル・バッグの他端は、後輪に深くかぶさっているクローム・メッキのフェンダーのテール・ランプのうえまで、張り出していた。
 いま彼女のオートバイがとまっているところは、農家の広い敷地のいちばん端にある、物置きと駐車場とを兼ねたような、簡単な建物の軒下だ。三方に壁のある細長い建物で、軒が深く出ている。おもてには壁はなく、横に長いその建物の内部ぜんたいが、外から見える。
 コンバインと耕耘機それにジープが、むこうの端から順に屋根の下にとめてあった。ジープから彼女のオートバイがあるところまで、自動車ならさらに数台をとめることのできるスペースがある。袋に入った豚の飼料や鶏の餌が積みあげてあったり、ビニール・ハウスの材料や農業に使う道具が、無造作にならんでいた。
 軒の下にオートバイをとめて、彼女は雨宿りをしている。この雨が降りはじめて、すでに三〇分ちかく経過している。彼女が感じているところによると、この雨はほどなくやむ。三日前がお盆だった。早くも晩夏の日の夕方の、にわか雨だ。
 彼女は、雨を見た。顔を左へめぐらせると、この農家の敷地の外にある畑、そしてその畑のなかを抜けている県道を、見渡すことができた。
 三〇分前、降りはじめのにわか雨を全身に受けながらオートバイで走って来た県道を、手前から遠くまで、視線でゆっくりとたどった。はじめて走った道だし、日本のこの地方へ来るのも、いまの彼女にとっては、はじめてだった。
 日本のどこへいってもいたるところにあるような、畑のなかのなんの変哲もない県道だ。これまでにすでに何度も見たりオートバイで走ったりした県道とすこしも変わらないが、こうして雨宿りしながら静かに見ていると、自分とはなんの縁もゆかりもない、まったく見知らぬ土地の一部分として、県道のある景色を夏の夕方のにわか雨のなかに、正確に見ることができた。
 県道のある景色だけではなく、いま自分が雨宿りしている農家の物置きや、その正面に広がっている広い中庭、そしてそのむこうの、林をうしろにどっしりと建っている母屋の景色に対しても、自分は完全な他人なのだと、わかってくる。しかし、はじめて来る見知らぬ土地の一部分のなかに、こうしてひとりで静かにしているひとときは、気持の落着く快適な時間でもあった。
 広い中庭の、こちら側の半分を占領して、盆栽の棚がたくさんあり、その棚のうえにさまざまなつくりの盆栽がぎっしりとのっていた。
 彼女の位置から中庭にむかって右側の奥に、ガレージと新築したばかりのような二階建ての家があった。中庭の左側にも、別棟の家が二軒、建っていた。母屋の大きい建物は、中庭のいちばん奥に重く横たわっていた。


 そしてこの小説は、次のようにひとまず終わる。オートバイである日そこにあらわれた彼女は、何日かあとのある日、そのオートバイでそこを去っていく。そのことの繰り返しのなかに、まさに陽が照り風が吹き雨が降り、彼女が触れ合っては別れていく人々がいる。一九八三年の九月に文庫になっているから、おそらくその年の五月頃から僕はこの中編小説を書き始めたのではないか。


 大きく半円を描き、仁美のオートバイは駐車場を出ていった。マンションの敷地から外へ出ていく道路へ、まっすぐにむかった。
 三〇分走ると、海沿いの道路に出た。彼女の左側に海が広がり、右から太陽の光りが射していた。太陽の位置が高くなるにつれて、陽ざしを受ける海の、その陽ざしに輝く部分が、道路を走る彼女にむけて広がっていった。道路にも陽が当たりはじめ、二車線の幅ぜんたいが陽のなかとなるころ、路線バスの停留所のそばに郵便ポストがあった。
 ポストの前にオートバイをとめ、仁美はベルト・パウチを開いた。アメリカの両親にあてた手紙、そしてそのほかの手紙や葉書を投函し、発進した。
 朝の太陽に照らされている海の広さが、爽快だった。すこしだけ涼しさの残っている空気を胸いっぱいに吸いこむと、自分の体の内部に海の広さが入ってくるようだった。空は青く輝き、明るく熱い陽ざしが、仁美の視線がとらえるいたるところにきらめいていた。
 走っているのは自分だけの早朝の海沿いの道路を走りながら、仁美は視界の両端に自分の肩さきをとらえた。白いTシャツの、みじかめの袖が、風にはためいていた。
 深く陽焼けした自分の腕とTシャツの白さとの対比をうれしく思いながら、両腕に沿って交互に視線をのばした。淡いベージュ色の手袋をした両手が黒いグリップを握っている。左のグリップからのびてきたクラッチ・ケーブルがステアリング・ヘッドの下へくぐっていくむこうに、丸いふたつの計器があった。左が回転計で右が速度計だ。ふたつの計器の針の位置をいつくしむように見たあと、ヘッドライト・ハウジングの曲面から彼女の視線は空中をまっすぐに抜け、前方の道路をとらえた。右へのカーヴが接近しつつあった。いつもの自分の、きれいなラインどりでその右カーヴに入り、抜けた。左側にある輝く海からその上空の青い深みへと、車体のリーンにあわせて彼女の視界の左端で世界が変化し、カーヴを出て車体が直立すると、空から海へと、世界はもどった。
 みじかいトンネルがあった。ヘッドライトを点灯し、トンネルに入った。路面が濡れていた。ヘッドライトの光りをうけて、水の薄い膜が鈍く光った。トンネルのなかの空気は冷たかった。その空気のなかに、壁面から排気音が乱反射し、何倍にも増幅された。
 トンネルを出ると、すぐに左へのカーヴがあった。リーン・ウイズで美しくそのカーヴに入っていく仁美は、カーヴにあわせてオートバイとともに傾きつつ、視線を前方へのばした。カーヴの頂点で、海が彼女の正面にきた。傾いている自分に対して、輝いて広く横たわる朝の海のずっと遠くに、水平線がまっすぐに世界をつらぬいていた。

(初出・底本:片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』太田出版 一九九六年)

今日の1冊|幸せは白いTシャツ

スクリーンショット 2017-05-18 11.10.42

タグで読む06▼|オートバイを読む/オートバイで読む

タグで読む_バナー画像_オートバイ

関連エッセイ


1996年 エッセイ・コレクション オートバイ 彼女 片岡義男エッセイ・コレクション『彼の後輪が滑った』 Tシャツ
2017年5月19日 00:00