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ギアを8段に落とし、町の少年たちの野球を双眼鏡で見ながら西へ

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 エア・コンディショナーによってととのえられた機械じかけの空気が、トラックの運転室に満ちていた。

 不快なのかそれとも快適なのか、いつになっても判断がつかないという、不思議な空気だ。

 前進16段のギアを持つ、巨大で強力な機械の音とにおいが、その空気の中にとけこんでいた。

「ジョニー」

 と、助手席にすわっている男、スペンサーが、運転席の相棒に声をかけた。

「町が近くなって、カントリー音楽がよく聞こえるようになったよ。聴くかい」

「聴きたいね」

 と、ジョニーがこたえた。

 スペンサーは、ヘッドフォーンをはずした。自分のシートの背もたれの上に右手をのばし、ヘッドフォーンのコードについているジャックを、差しこみ口から抜いた。コードがじゃまにならないよう、ジャックの差しこみ口はうしろについているのだ。

 スピーカーのスイッチをスペンサーがオンにすると、カントリー音楽が室内に流れ出た。

「この町のカントリー局のDJは、いつだってこんなふうな4ビートの曲をかけるんだ」

「なかなかいい選曲だよ」

「うん。おれも、好きさ」

 運転室の窓の外は、夏のはじめの快晴の荒野だった。片側二車線のハイウェイが、荒野の果てにむかって、まっすぐにのびていた。対向車線は、広い分離帯をはさんだむこう側だ。

 正面のガラスには、ほんのすこし、色がついていた。荒野を照らす強烈なざしを、そのガラスは、うっすらと灰色に沈めている。両側のドアの窓ガラスは、透明だ。青い空も褐色かっしょくの荒野も、鋭くきらめく陽光も、ありのままに見えつつ、後方へ流されつづけた。

 ここがいったいどこなのか、れていない人には見当もつけようがないのだが、いまトラックで走っているジョニーにもスペンサーにも、自分のいる位置は正確にわかっていた。

 地図を広げてみせれば、ジョニーもスペンサーも、自分のいる場所をぴたりと正確にピンポイントすることができる。

 次の町までの距離、次の給油ステーションまでの距離、町のカントリー局のDJの名前、給油ステーションに飼われている犬の名前、明日の天気、明後日の天気、とにかくあらゆることをふたりはすでに知りぬいている。

 ふたりが大陸横断の長距離トレーラー・トラックに乗りはじめて十年。相棒を組んで五年たつ。

 ロサンゼルスのトラック・ターミナルからニューヨークのブロンクスにあるターミナルまで、三日と半日で、北アメリカ大陸を横断する。横断してはトンボがえりするという仕事をこなしつづけて十年。自分の走るルートにあるものは、すべて、覚えてしまった。

 4ビートのカントリー・ソングにひたされて走りつづけ、二時間。そのカントリー局のある町が、近くなってきた。

 ハイウェイの北に、その町はある。ハイウェイが心細く抜けている荒野は、北にむかうにしたがって標高がすこしずつ低くなっていく。

 だだっ広い平らな台地をバックに、町はそのなだらかなスロープの途中にある。

 トラックの運転席から、その町が見える。数年前までは町はずれにドライブ・インの映画館があった。週末だけ映画をやっていた。もちろん、夜に。

 ハイウェイを走りながら、トラックの運転席から双眼鏡でドライブ・インの横長のスクリーンを見ては、楽しんだものだった。

 そのドライブ・イン劇場は、いまではポンコツ自動車の墓場だ。

「スペンサー、双眼鏡を出せよ。この週末は、少年たちの野球の試合があるはずだ」

 ジョニーがそう言ったとき、スペンサーは、グラヴ・コンパートメントから十五倍の双眼鏡をすでに出していた。

 かつてのドライブ・インとは反対の町はずれに、広大なグラウンドがある。フットボールの試合も博覧会も少年野球も、そして春さきのロディオも、みんなこのグラウンドでおこなわれる。

 スペンサーは、双眼鏡を目に当てた。グラウンドのまわりに、自動車が何台もとまっていた。屋根が陽ざしに光っていた。

 野球がおこなわれていた。少年たちの野球だ。スペンサーは、スコアボードを双眼鏡でとらえた。

「五回の裏だ。十三対九。まさに少年野球だな。マローダーズが勝っていて、いま攻撃中だ。セカンドにランナーがいる。バッターボックスに立ってるのは、女のこだよ。ほら、投げた。ぶんまわして、空振り。すげえや。球は見てないけど、まぐれに当たったら飛ぶよ」

 双眼鏡を目に当てたまま、スペンサーが実況をやってみせた。

「打つといいのになあ」

「ツー・ストライクだ。球がピッチャーにかえって、モーション。投げおろした、まっすぐだ。女のこ、両脚りょうあしふんばる、目をつむったぞ、そらいけっ!」

「打て、打てっ!」

 ハンドルを握るジョニーも、夢中になっている。

「ぶんまわした、ビューン! 打った、打った、命中したよ! セカンドをこえて、センターの前。センター、必死に走る、ボールはバウンド、セカンドの走者がサードをまわってホームベースへ!」

 ギアを落としながら、ジョニーは、圧縮空気でクッションをきかせたシートの上でしりをうかせ、一塁に走る女のこを大声で応援した。

底本:『アップル・サイダーと彼女』角川文庫 1979年

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2017年5月13日 00:00
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