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シジミ汁のシジミを数えよう!

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 三等船客のための簡素な日本食の食事に味噌汁がついていた。その味噌汁がもしシジミ汁であったなら、まず、味噌汁の大なべのなかから、シジミだけをしゃくしですくいあげて器に移した。大なべのなかにあるシジミぜんぶを、器に移すのだ。そして、シジミの数をかぞえた。大なべに入っているシジミの数を正確にかぞえたうえでそのシジミを全員の員数で割り、誰にも等しい数のシジミをふりわける。そうしたうえで、こんどは汁のほうを注ぐのだ。シジミの味噌汁は、こうして正確に分配されたうえではじめて、シジミの味噌汁になるのだった。

 これは、ぼくの創作ではない。体験者から聞いた話だ。異例の話ではなく、ごく普通におこなわれていたことであるという。貧乏な話といえばそれまでだし、いやしい話といってしまっても、やはりそれまでだ。だからぼくは、このシジミ汁の話を、いやしさとも貧乏とも結びつけることをしない。

 三等船客、つまり移民社会は、一等や二等などの世界が存在する事実をまったく考えに入れないとき、あるいはそんな世界はたとえ常に存在していても自分とはまったく関係がないのだと思いこんでいるとき、時として貧しく往々にしていやしくはあったとしても、三等客の世界それ自体は、あっけらかんと拍子ぬけのしてしまうほどに均質な社会だった。

 数をかぞえたうえで正確に全員に分配されたシジミを、ぼくは、この均質性のほうに結びつけようと思っている。ぼく自身の、いわゆる主観的な「立場」のためにそうするのではなく、主としてハワイの二世を中心にした移民社会の「事実」に、そうしたほうがより正確に、より近く、接近できると考えるからだ。

 均質性について具体的に書くまえに、あの「チャイチャイブー」について、おわりまで書いておかなくてはならない。「チャイチャイブー」は、「秩父丸」をローマ字でCHICHIBU MARUと書いた場合の、「秩父」のほうだけを、日本語にまったく不案内なアメリカ人ふうに読んだものだ。

 当時、アメリカ人たちが現実にそう読み、そう発音していたのを、日系二世たちが、一種のアメリカ語として逆に借用し、二世たちもまた、「秩父丸」のことを「チャイチャイブー」と呼んでいた。

 CHICHIBUは、「チャイチャイブー」と読むのだと思いこんでいるアメリカ人が口にしているかぎりにおいては、「チャイチャイブー」は、日本語なのだ。だが、アメリカ語の一種として日系二世たちが借用して使用するときには、それは、アメリカ語になる。なおかつ、「チャイチャイブー」はもとをただせば日本語であるけれども、こう読まれたときにはぜったい日本語ではないのだと、当の二世たちは承知しているのだから、二世たちが「秩父丸」のことを「チャイチャイブー」と言うとき、その言葉自体、そしてその言葉によって表現されているものは、日本語でもなければアメリカ語でもなく、日本でもなければアメリカでもない、独特なものとなっていく。

 この独特なもの、つまり二世たちに固有のものこそ、ぼくが愛着しつづけている移民社会の、大げさにいえば「文化」なのだ。日本からはいちおう断ち切られていて、アメリカそのものに対しても確実になんらかの距離を保っている。と同時に、日本とアメリカのいずれに対しても、引き潮のときに月にひっぱられる海の潮のように、ひきずられることのある文化。どっちつかずの、まことに中途はんぱなものかというと、決してそんなことはない。そういうふうに見えることがしばしばあるかもしれないけれども、それは浅い見方のせいであって、ほんとうは、そのようなことはない。ほかのどこにも存在しえない、独立性のかなり高い独特なものであり、さまざまな観点から見て興味のつきない文化なのだ。

 その「文化」に関しての「ほんとう」のことがらについてこれがほんとうなのだという立証をともなわせつつ、これから体験していかなくてはならない。立証、とはなにだろうか。はじめに書いたような、たとえばシジミ汁のなかのシジミをその場にいあわせた全員に等しく配分する作業を、二世移民社会内部の均質性に結びつけることだろうか。二世移民社会は、おどろくほどに均質であるという事実の一端を知ったうえでシジミの等量配分をそこに結びつけるという、多少ともきたない手口を採用しつづけることだろうか。そのようなことでは、「ほんとう」のことは、いつになっても浮きぼりにされてはこないだろうとぼくは考える。

 シジミの等量配分は、たしかに、二世移民社会内部の均質性に結びつきうる。均質性とは、さらに言えば、数字ないしは数量の日常生活における尊重のようなことにも結びついていくだろう。数字ないしは数量の日常生活における尊重のようなことについても、自己の達成したことがらを数値に置きかえることによって満足度をさらにたかめる、いわゆる数量還元主義ではない。たとえば、移民は等しく移民であって、そのなかでのひとりの人間は、誰とも等しいひとりの人間であった。よく言われるように、移民は日本での食いつめ者の下層階級者であるから、そのような人たちのあいだには、ハイエラルキーもなにもあったものではない、といった意味での無階層な、無順位の社会ではない。ハワイなり北アメリカなりで、日々の労働をとおして、日本のとはまったく異質な文化に接するとき、その接する側が日本からひきずってきたハイエラルキー意識など、まずなんの役にも立たないし、後生大事に持ち歩いていても異質の文化との接しあいによってそんなものはじつに他愛もなくこっぱみじんにされてしまうのだ。だからこそ、ひとりの人間は等しくひとりの人間であり、その人間たちが何人あつまろうとも、全員は異質の文化の前に等しく平等であり、そこで問題になるのは、その平等者たちの個々のアイデンティティだということになってくる。

(底本:片岡義男エッセイ・コレクション『僕が書いたあの島』太田出版 1995年)

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2017年4月30日 00:00
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