アイキャッチ画像

アメリカのまんなかにダイナーがあった

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

「ダイナーというものがどんなふうに素晴らしいか、その一例をあげるなら、ダイナーとはいったいなにであるかの説明をいっさい必要とせず、ダイナーというものを誰にでもたちどころに理解してもらえる点だ」

 日本語にするとすこし長くなるが、以上のような意味を持った二行に満たないアメリカ語の文章を読んだとたん、ぼくは、感動と感銘とのちょうど中間のような気持ちのなかに全身をひたすことができて、たいへんな快感を覚えた。二行に満たないその文章は、ダイナーというものをひと言で「説明」しえていて、まことに素晴らしかった。

『アメリカン・ダイナー』という本の、ごくみじかい序文のような文章の冒頭に、この素晴らしい文章は書いてあった。『アメリカン・ダイナー』は、本じたいがたいへんによく出来ている。エリオット・カウフマンという人がまずはじめにカラーおよびブラック・アンド・ホワイトでアメリカ各地をまわってダイナーを撮影してポートフォリオをつくり、それをもとに、リチャード・J・S・ガットマンという人が文章を書き、本ぜんたいのコンパイレーションつまり編集をおこなって出来た、ダイナーについての本だ。ジョン・ビーダーの画文集『ダイナーズ』もまるで夢のように素敵だが、カウフマンおよびガットマンの『アメリカン・ダイナー』もまた、傑作だ。

 本の冒頭に、カラー・プレートのページが数ページある。序文の書き出しの、感動・感銘的なワン・センテンスを頭のなかで復唱しつつ、カラー・プレートをひとつずつ見ていたら、なにはともあれダイナーへいき、まずはとにかくフライド・アニアン・リングスを食べたくなった。ダイナーはまさしくダイナーであり、説明不要だ。

 しかし、ダイナーをディナーと混同するような人がまだ多いようだからダイナーについてすこしだけ書くことにしよう。ダイナーはNがひとつ、ディナーはNがふたつですよと馬鹿みたいなことをぼくはいま書いているが、ダイナーをディナーと混同してとりちがえるなんてアメリカの文脈のなかでは食事を食堂とまちがえるよりもはるかにひどい、あるまじきことだ。

 DINER、というひと言を、ひとつの記号をべつの記号に置きかえるようなかたちで日本語にすると、「食堂」とか「簡易食堂」になると思う。しかし、DINERのひと言が瞬時にして喚起するイメージの中核を翻訳するなら、勝手知って慣れ親しんだ、気のおけない肩ひじ張らない、お気に入りの、心からくつろげる、すべてを知りつくしてリラックスできる場所、なのだ。ある種のアメリカの人たちがほんとうにアメリカ人らしく日常的に機能することのできる場所と言ってもいいだろう。アメリカへいったことのない人をたとえば夜の盛業中のダイナーへつれていき、ここがアメリカですよ、と言ってあげれば、その人のアメリカ体験はすくなくともスタートはたいへんに正しい、というような言い方もできるだろう。ようするにそれほどに、ダイナーは、アメリカなのだ。

 ダイナーを、いったいどこから具体的に説明したらいいだろう。『アメリカン・ダイナー』の前半は、アメリカにおけるダイナーの歴史がわかりやすく展開してあるから、ダイナーというものがどんなことをきっかけにして生まれるにいたったのかを、まず勉強してみようか。

 十九世紀のアメリカでは、レストランが夜の八時に閉店してしまうと、明くる日の朝に再び店がひらくまで、人々は外でなにも食べることができない、という状況だった。すくなくとも、一般的には、そうだった。夜遊びする人も、夜おそくまで働いている人も、夜なかに腹をすかせた人も、等しく空腹をがまんしなくてはいけなかった。こういう状況のなかで、一八七二年のある日の夜、アメリカにおけるダイナーの最初の原型が、ロードアイランドのプロヴィデンスの町に、登場した。

 壁と屋根がちゃんとあるけれども、ぜんたいとしては小さな小屋のようなワゴンを一頭の馬に引かせ、ウォルター・スコットという人物が、夜のプロヴィデンスにあらわれた。ワゴンの片側には、いまの日本にあるものにたとえるなら立ち食いソバのカウンターに似たカウンターがあり、店主のウォルター・スコットはワゴンのなかにいて、サンドイッチ、ゆでタマゴ、パイ、そしてコーヒーを、ワゴンの外に集まってくるお客に、カウンターごしに売っていた。これが、アメリカでの最初のランチ・ワゴンだそうだ。そしてこのランチ・ワゴンは、小規模で簡単な商売として、たいへんに繁昌した。

 ウォルター・スコットがつくりだしたランチ・ワゴンは、店主だけがワゴンのなかにいて、お客は外だった。お客もワゴンのなかに入れる、ウォーク・イン方式のランチ・ワゴンが登場したのは、一八八七年の秋、マサチューセッツ州のウースターでのことだった。雨の降る寒い夜サミュエル・ジョーンズという男が、自宅への帰り道に、ランチ・ワゴンで夜食を食べた。雨に打たれながらサンドイッチを食べコーヒーを飲んでいたサミュエルは、それまで誰ひとり思いつかなかったことを、思いついた。客もなかに入れるランチ・ワゴンがあればいいのに、という単純な思いつきだ。この思いつきを、サミュエルは、実行に移した。客もなかに入れる、カウンター式のランチ・ワゴンは、外で立ち食いのワゴンにかわって主流となり、大繁昌した。当時のワゴンの写真が『アメリカン・ダイナー』に出ている。複雑な装飾をほどこした、凝ったつくりの、美しいワゴンだ。

 ニューイングランドを中心に、ランチ・ワゴンはたいへんにポピュラーになった。一九一二年のプロヴィデンスでは、五十台ものランチ・ワゴンが営業していたという。ランチ・ワゴンの営業時間は日没から日の出まで、という規制があったのだが、ほとんどのランチ・ワゴンはこれを守らず、しかも小さな町に五十台もが客を求めて夜おそくまでうろうろと動きまわるため、ときとして町の人々の批判の対象となった。

 この批判をかわすためにランチ・ワゴンのオペレーターたちが次に考え出したのは、町かどの誰も使っていないちょっとした空き地にワゴンをとめてしまい、そこを動かずにとまったまま営業する、ということだった。こうすると営業時間の規制からもはずれ、夜どおしでも営業することができる。初期のランチ・ワゴンが現在のダイナーにつながる一大転換をしたのは、このときだった。

 ダイナーは、横に細長い。これは、店内に端から端までカウンターがあり、カウンターのなかが調理場、そして外がストゥールおよびブースの客席、という構造のせいだ。

 二百名も三百名も収容できる大きなダイナーが流行したことがあるが、心の故郷としてのダイナーは、小さいものでなくてはいけない。ウエイトレスとカウンターマンがいて、調理場が客の位置から見えて、調理人が調理することじたいがエンタテインメントとなるような、気さくにくつろげるこぢんまりした、平凡な親しみのある場所でなくてはいけない。

『アメリカン・ダイナー』の後半は、「ダイナーとダイナーの人々」と題した、エリオット・カウフマンによるブラック・アンド・ホワイトのポートフォリオだ。現在のダイナーをこれほどみごとにとらえたポートフォリオを、ぼくはほかに知らない。

スクリーンショット 2017-02-03 6.04.19
American Diner,Richard J.S.Gutman and Elliott Kaufman
1979[ エリオット・カウフマン公式ページ|Harper & Row, New York]

底本:片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』太田出版 1995年

タグで読む03▼|片岡義男の書いたアメリカ

banner_tag_america

関連エッセイ

1月18日 |ダブル・バーガー


2月2日 |アメリカの小さな町


2月1日 |岩波写真文庫が切り取ったモノクロームのアメリカ


2月6日 |トーストにベーコン・アンド・エッグス、そして紅茶


2月10日 |思い出すのはアメリカ式朝ごはん


12月2日 |ノートブックに描いた風景画|1〜4



1995年 『アメリカン・ダイナー』 アメリカ エッセイ・コレクション エリオット・カウフマン リチャード・J・S・ガットマン 片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』
2017年2月3日 05:30
サポータ募集中