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どこにもないハワイへの行きかた

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 ハワイが島ではなくなっていく、とぼくが、ある日、自覚する。その自覚を土台として、センチメンタルな感情のたかまりが、おこってくる。まだ島としての香りや感情の残っている部分を、なくなってしまわないうちに、まるで落葉をひろい集めるようにひろって歩こう、というセンチメンタルな気持ちのたかまりだ。

 ハワイが、ハワイという独特な香りをたたえた島であったのは、いまから十年以上もまえのことだ。十年まえ、そしてそれ以前はたしかにハワイは島であったのだが、この十年間に、ハワイは島としての香りをかたっぱしから削りとられてきた。

 島としてのハワイは十年まえに終わっているというこの意見に、ぼくは自信がある。地元に生まれ、そこで育ってきたさまざまな人たちからぼくは何度も聞かされた。ハワイがほんとうのハワイであったのは十年もまえのことですよ、と地元のすこし年をとった人なら、誰もが言う。自分たちが育ってきた、そして愛してやまないグッド・オールド・ハワイは十年まえに終わってますよ、と誰もが言う。

 日没時のオレンジ色の西陽が深く斜めにさしてくるガス・ステーションで、自動車の燃料を補給する。初老にちかいけれどもまだ働きざかりの、日系二世のアテンダントが、ガソリンを入れてくれる。同乗していた、日本から連れてきた友人をその日系二世に紹介する。彼はほんとうのハワイをさがしに来たのです、とぼくが言う。するとその二世のアテンダントは首を左右に振り、アメリカ人そっくりの表情筋の動きでぼくに微笑してみせながら、十年おそかったね、と言う。たしかに、そのとおりなのだ。

 カリフォルニアで生まれてホノルルで育ち、この二十年ちかくの期間を日本で生活してきた日系二世の老人が、久しぶりにハワイへ旅をした。旅といっても彼にとっては故郷に帰っていくホームカミングだったのだが、ホノルル空港から、まだ母親が健在でいるというカイムキの自宅まで、自動車で帰ろうとして何度も道に迷った。迷いつつも車で走っていく道路や、窓から見える風景など、ほとんどありとあらゆるものが、まるでハワイらしくないのだ。

 彼は、東京のぼくに、手紙をくれた。たしかに自分はいまハワイにいるけれど、いまのハワイはもうハワイではない、という意味のことを書きつらねた、痛切な手紙だった。

 島であることを急速にやめてきたハワイは、大陸になりつつある。つまり、北アメリカ大陸の延長、特にカリフォルニアの延長に、なっていきつつある。

 昔は、すくなくとも十年くらいまえは、たとえば一台の自動車がごく日常的に鮮明な陽ざしのなかを走っていくその走り方のぜんたい的な雰囲気が、まさにハワイであった。いまは、ちがう。自動車の走り方が、もうまるでハワイではない。カリフォルニアだ。

 人の感じが、完全にちがってきている。昔の、あのハワイの人たちは、どこへいってしまったのだろう。

 十年まえのハワイを、ぼくはよく知っている。十年よりもっと古い昔を、思い出すことができる。二十五年くらいなら、いつだってさかのぼれる。

 カラカウア・アヴェニューの、なんと下品に、ハワイらしくなくなってしまったことか。二十五年まえのこの大通りは、主として平屋建ての建物が通りに面して一列にならんでいて、そのうしろはうっそうたる熱帯樹の茂みであった。目立つ建物といえばロイアル・ハワイアンやモアナだったのだが、ロイアル・ハワイアンのあのピンク色のクラシックな建物はおもて通りからは見えないし、沖の海からながめるとあの建物はまさに堂々とワイキキのランドマークだったのだが、いまではごく一時的なつまらない冗談のように見えてしまう。

 経過していく時間の流れの内部で、さまざまな変化がおこっていくのは、当然のことだ。消えていくものだって、数多くあるにちがいない。

 それに、ぼくは、過去にはあまり興味がない。過去というやつは、経過していく時間とともに、とっくの昔に、手の届かないところ、もはや呼びもどすことのできないところへ、流れ去ってしまっている。もう、どうすることもできない。記憶のなかに過去が生きているが、記憶は一種の現在だから、正確には過去とは呼びがたい。

 もうどうにもならないものに関しては、したがって、ぼくは執着しない。過去をなつかしむ気持ちもきわめて稀薄だし、現在が過去とおなじであればいいのに、とも思わない。

 ハワイが、かつてのように島ではなくなったことに関して、ではなぜこだわるのかというと、過去ではなく現在のこの瞬間におけるおどろきに興味があるからだ。

 ほかのどの場所のものでもない、ハワイというアイランド・コミュニティのものであった独特の香りや情感は、まさに手で触れることができるほどに濃密なハワイそのものであったから、ハワイらしさの中核として、いつまでもこのままつづいていくにちがいない、とぼくはかつて信じた。

 だが、その島らしさ、ハワイらしさ、つまり本当のハワイが、現実に目の前でかたっぱしから失われ、消えていく。あれほどにしっかりとハワイに固有のものであった唯一にして無二の雰囲気が、消えていくのだ。この事実の自覚は、ぼくの内部に、新鮮なおどろきを誘発する。

 島としての、急速に消えていきつつある固有の雰囲気の残り香を、いまのうちにひろい集めるというセンチメンタルな旅をする気持ちは、このおどろきを土台にしておこってくる。

 そしてこのセンチメンタルな旅がどのような旅になるかというと、写真を撮り歩く旅になるのだ。

 いま、ハワイの残り香は、写真にこそふさわしい。

 残り香の画角は、45ミリとか50ミリとかのレンズに、ぴったりだ。複写や接写の気持ちで撮らなくてはいけないほど小さくなってしまっている残り香も、いまでは多い。ディテールのクローズアップによって、かつては島ぜんたいをひたしていたハワイらしさを、カラー・フィルムに写し撮ろうというわけだ。

 昨年のちょうどいまごろ、ぼくは、ハワイにいた。ともに仕事をして非常にしがいのある、きわめて硬派なプロ・カメラマンの友人とふたりで、いまぼくが書いてきたようなセンチメンタルな旅の、ちょっとした予行演習のような旅をしていた。

 オアフ島で、かつてのハワイにとっての固有の雰囲気であった島らしさを、丹念にさがしては、それにカメラのレンズをむけ、シャッターを押していったのだ。レンズは、たいていの場合、悲しいかな標準レンズでこと足りた。こまかな部分のクローズアップもしばしば必要だった。

 オアフ島では、ワイアルーアという小さなシュガー・タウンに、昔日のハワイらしさが、わずかながら残っていた。

 観光客的な目で見ると、ほんとうになんにもない、悲しいまでにのんびりした田舎町だ。まだ生産をつづけている砂糖工場がひとつあり、町の経済の唯一の中心となっている。午後には精製途中の砂糖の香りが甘く風と陽ざしのなかに流れるという、まさに文字どおり残り香の町だった。

 ハワイ全島をさがしまわっても、こんなに由緒正しく古いものはないだろうと思われるジェネラル・ストアがあり、ぼくもカメラマンも、このジェネラル・ストアと深刻な恋愛関係におちいったのだった。

底本:片岡義男エッセイ・コレクション『僕が書いたあの島』太田出版 1995年

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2017年1月5日 05:30
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